【PROFILE】1995年11月26日生まれ。東京都出身。中学生の頃より音楽活動を行う。美術系の女子高校在学中から本格的に活動を開始。 当初はバンドスタイルだったものの、その後弾き語りスタイルに転向。高校卒業後の2014年春よりライブ活動をスタート。 2015年2月25日ファーストシングル「光」をリリース。同年8月にはファーストシングル「光」がNHK総合TV 戦後70年「一番電車が走った」のドラマ内で選曲され、反響を呼んだ。 その後、精力的なリリース活動の傍ら、弾き語りスタイル、バンドスタイル、弾き語りと一人芝居を取り入れた「歌語り」スタイルなど様々なライブ活動を展開、 2018年9月には 中国大陸の浙江省舟山市にて開催の野外ロックフェスティバル<朱家尖東海音樂節(EAST SEA FESTIVAL)>に出演、2019年11月にも中国(広東省深圳市と広州市)でライブを行った。 2017年に全国公開された映画「くも漫。」では主題歌「誰も知らない」提供以外に自らも出演し話題を呼ぶ。 2021年9月には「光」が主題歌となっている短編映画『無題』(藤原知之監督)が“MIRRORLIAR FILMS Season1”選出作品として全国順次劇場公開された。 【DISCOGRAPHY】Digital Single『baby i love you』 2019.2.27 Release 主要ダウンロードサイト、サブスクリプションサービスにて配信 発売元:むこうみずレコード / MOVING ON
<レビュー> 沖ちづるは研ぎ澄まされた感性、歌唱、メロディ、言葉で自己を深く探求し、それを“誰もが同じ物語”として描いてきた。そんな彼女が初めて外部の作家である黒沼英之に詩曲を依頼したのが「baby i love you」だ。本曲のプレスリリースを見ると沖ちづるの言葉で「ここで正直に申し上げますと、私はラブソングを描くのが割と苦手でして、持ち曲の中でも極端に少ないので、黒沼さんには、今までの自分には無いしっかりめのラブソングを書いてください、とお願いしました」とある。 「baby i love you」はいつの間にかまとった日々の哀愁なのか、胸いっぱいの甘酸っぱさなのか、その両方なのか、そんなことが浮かぶ味わい深いホーンとアコースティックギターの響きで始まる。力強い響きではなく、1日を終えて明日に向かう間の、つかの間の休息に寄り添うかのように。 ここでは黒沼英之に詩曲を任せたことで、普段とは違う沖ちづるの素の表情が垣間見える気がする。というか、こんな表情もあるのかなと想像を掻き立てる。あなたに「あなたの歌を歌っていて」と語りかけ、自分に「あなたの歌を歌うから」と答える。そんなささやかな愛の交流が静けさのなかであたたかく胸に染み込んでくる。 (文:山本貴政) |
3rd Single『負けました』 2018.3.21 Release むこうみずレコード YZMO-10001 ¥1,019 (tax in)
<レビュー> サードシングルのタイトルはショッキングな「負けました」。これまでの沖ちづるは自問自答を繰り返しながら、人生をかけて歌い続けることののアティチュードを表明してきた。もどかしさや苛立ち、自己嫌悪、疎外感からくる痛みにこんがらがりながらも、一歩も引かない頑なさを貫いてきた。 沖ちづるは22歳になり、白旗を上げてしまったのか。 「負けました」はもの悲しくも美しいピアノのフレーズが鳴り、バストラムがドンッ、ドンッと鳴って始まる。そんなドキッとするイントロから“今日の僕は負けました”“なぜかうまく行かなくて 全く手足が出なかった”とつぶやく。だけど、どこかあっけらかんとした空気とともに図太さというか、すごみというか、負けたけど後ろには引かないぞという性根が伝わってくる。 歌の物語が進んでいくうちに、誰かの優しい声が聞こえてくる。同じように負けた誰かの泣く声が聞こえてくる。主人公は期待に応えられなかったことに謝り、勝てぬ悔しさを増していく。そんな心の動きが、シンプルなメロディと言葉の繰り返しに乗せて、さざ波が大きな波になるように強さを増していく。いつかは勝つ。主人公の視線は来るべき日を向いている。 沖ちづるの歌は、どちらかというと自分の内面に向かうものが多かった。だが、「負けました」では寄り添ってくれる人への視線=感謝や申し訳なさといった思いが色濃く見える。この他者への視線の広がりが、懐の深さにつながっている。“勝てぬ悔しさ増してゆく”という言葉の前には“一人じゃないと知るほどに”と添えられている。今日は負けたけれども、私は一人ではなかったんだという、安堵感のような情感が漂っている。 主人公は負けを受け入れたうえで、最後にこう言う。“また立ち上がり行くのでしょう”“また笑う日を目指すでしょう”。この歌を聴いて、沖ちづるが一人で背負ってきた重き荷が背中から少しだけおりたのではないかと思った。一人じゃないと知ったが故に。 本作の2曲目ではファーストミニアルバム『景色』に収録された「街の灯かり」がピアノ独唱で披露される。「街の灯かり」はライブのレパートリーでも重要な位置をしめる歌のひとつで、ミュージックビデオは沖自身が主演する約10分のショートムービーとして制作されている。ここで新たな顔をみせた「街の灯かり」はピアノと声ひとつが溶け合い、夜の歌だが、白昼夢のまどろみに沈んでいくような魔力がかった美しさとトリップ感がある。主人公が眺める夜の商店街の風景が、誰もが知っているのに、どこにもない場所のように見える。 夏の情景を鮮やかに描いた「夏の嵐」は、“いつかの夏”を思い出して胸の奥がキュンとなるナンバー。夏は少年少女を変える季節。昨日までの自分とは違う自分になる季節。新しい扉を開ける季節。この歌は、誰もが心を高鳴らせた夏の魔法をよみがえらせる。ならば、日常ならざる夏の化身は夏の台風か、夏の嵐か。この歌を聴いていると、大人になった今も、またあの嵐に吹かれたくなる。そして、あの夏の1ページにいた誰かに会いに行きたくなる。そんな高鳴りを思い出させてくれる小品にしていい歌だ。研ぎ澄まされた緊張感がみなぎる歌が多い沖ちづるにしては珍しいタイプの歌かもしれない。でも、こんな歌ももっと聴きたいと思った。「負けました」で新しい強さを手にした時期に「夏の嵐」を発表したことは関連性があるような気がしている。 “恐るべき19歳”として現れた沖ちづるは、22歳になり「負けました」と言えるたくましさとしなやかさを手にした。自分の人生と覚悟を歌という物語で表現してきて、少し大人になって、次の地平に立ったことがひしひしと伝わってくる3曲だ。 (文:山本貴政) |
2nd Mini Album『僕は今』 2017.2.15 Release むこうみずレコード XNDC-30046 ¥2,547 (tax in)
<レビュー> セカンドミニアルバム『僕は今』には、沖ちづるは歌い続けて生きていく覚悟を決めて数年経った“今の置かれている21歳の現状”が色濃く滲んでいる。そんなドキュメントのような作品だ。 タイトル曲の「僕は今」には望み通り手に入れた“歌う生活”から生じる葛藤が吐露され、それを振り払おうとする一途な願いがこもっている。歌の物語に登場するのは自分を育てるために夢を捨てた父、夢がないと嘆く友達。当の主人公は好きなこと(歌う生活)をしているのに、周囲を妬んでばかりいる。沖ちづるはこれらのキャラクターを登場させたうえで、“変われない”“変わりたい”“変わらない”と心の声を振りしぼるように繰り返す。そして父や友の思いも抱えて“このままじゃ嫌なんだ”“それでも僕らは夢を追う”と物語を締める。これは、大人になり夢を追い続ける渦中にある沖ちづるにとっての、夢を引き受ける代償としての痛みと決意なのだろう。 「向こう側」は就職や旅行、ボーイフレンドの話で盛り上がる友人との距離感・違和感を綴った歌。同じ場所にいながらも生まれてしまう壁のようなもの……この壁は“夢を追うこと”の気高き孤独なのかもしれない。 「クラスメイト」は中学時代に亡くなった友人に語りかける歌。ここには2つの時間軸が流れている。唐突に訪れた悲しみを悲しみとも受け止めきれなかった「あの時」と、「やあ、そっちはどうだい? 僕らは大人になったよ」と語りかける温かみに似た「今」と。誰にも、時が経っても埋まらぬぽっかりとした心の穴がある。そんな喪失感が軽やかなメロディに乗って、濃いコントラストで描かれる。「クラスメイト」は派手さこそない歌だが、沖ちづるのストーリーテラーの才能が存分に発揮されている傑作だ。 「メッセージ」はどこだかわからない場所で日々を過ごし、自分なりのやり方で戦っている同志的な友に思いを馳せる歌。「うつろいゆく者たちへ」では花びらの散った桜の木を前に“私もこのまま散っていくのか”とはかなげな心情が綴られる。景色も君もいずれはうつろいゆく。そんな諦観とともに“もう少しだけゆっくり”“もう少しだけ、私を”とすがるようにつぶやく。 本作は沖ちづるが自らの現在地を人生のワンシーンをまじえながら深い物語性で表現した作品だ。信じたことを追い求める若者たちに共通する覚悟と孤独が、時にもろく揺れる心模様とともに描かれている。 (文:山本貴政) |
Digital Single『僕は今(band ver.)』 2017.3.1 Release むこうみずレコード
<レビュー> セカンドミニアルバム『僕は今』リリースの1ヶ月後に発表された、リード曲「僕は今」のバンドレコーディングバージョン。脇を固めるメンバーはソリッドでグルーヴィーなビートを変幻自在に繰り出すロックバンド、HINTOの伊東真一(Gt.)、安部光広(Ba.)、菱谷昌弘(Dr.)。フォークロックmeets オルタナティブロックといったテイストに仕上がっている。 タイトなドラム、歌に寄り添うメロディアスなベースライン、時に歪み、時に引きつりながらささくれだち、時に深いリバーブで雰囲気を演出するギターの音色が、“変わりたい”“変われない”“変わらない”という苛立ちの間で揺れながら、“このままではいやなんだ”と叫ぶ沖ちづるのメッセージを彩る。ミニアルバムで聴かせた、声とアコースティックギターのみでネイキッドに迫る「僕は今」と聴き比べてほしい。 (文:山本貴政) |
Digital Single『誰も知らない』 2016.11.26 Release
<レビュー> セカンドシングル『旅立ち』に続いて発表されたデジタルシングル。歌の強さと存在感が評判を呼ぶなか、沖ちづるは映画『くも漫』に主人公の妹役として出演。「誰も知らない」は『くも漫』の主題歌で、「旅に出るなら」は劇中で使われたインストゥルメンタル楽曲に歌詞をつけたもの。沖ちづるが映画のロケ現場で出会った人々や風景からインパイアされて書いた歌だという。 映画の主題歌だから、というわけではないが、「誰も知らない」は“大人になるってこと”を描く旅立ち系青春映画の趣がある。住みなれた街、見慣れた人々や猫、聴き慣れたレコード、しまっていた手紙……それらに別れを告げて、ここではないどこかに去っていくかのような情感にあふれている。そして、いずれは誰も知らない街となった風景のなかに、我らがいた街の歌が永遠に流れているのだろう。そんなことを思い浮かべる。この歌を聴いていると、今は会うこともなくなったかつての友が脳裏をよぎる。 「旅に出るなら」は一人旅に出た“静かな君”の旅路を祈り、帰りを待つささやかな歌。2曲とも水彩画のスケッチのような親近感があり、普段とは違う場所で肩の力をちょっと抜いた沖ちづるの柔らかな面が現れている。 (文:山本貴政) |
2nd Single『旅立ち』 2016.2.24 Release むこうみずレコード XNDC-30044/B ¥2,037 (tax in) CD+DVD(2DISC)
<レビュー> 「光」「景色」で歌う覚悟を表明した沖ちづるは、セカンドシングル『旅立ち』で次の扉を開く。 「光」がNHK総合のドラマ『一番電車が走った』のエンディングに起用されたほか、赤坂BLITZのワンマンも評判を呼ぶなかで発表された「旅立ち」は弾き語りスタイルで歌ってきた沖ちづるにとって初のバンドサウンドアレンジでの披露となった。 本作には20歳を迎えた沖ちづるが新たな局面へと向かう「旅立ち」と「二十歳のあなたへ」という重要な2曲が収められている。 「旅立ち」は信念のもとで人生の旅路を続ける夢老い人たちを鼓舞する勇敢さにあふれたナンバー。「光」「景色」で自らの歌い続ける人生の覚悟を歌った沖ちづるは、この歌で途上の道は別々でも同じ頂を目指し、歯を食いしばり歩みを進める者たちにも目を向ける。同志として。ここには安住することをよしとせず、放浪の旅を続けながら自由を求めた1950年代アメリカのホーボー文化のスピリットに通じる矜持がある。そして、そのような生き方しかできない“我ら”が誇り高く歌われている。 「二十歳のあなたへ」は何事もうまくいかない毎日のなかで自己嫌悪にまみれ、家族に当たり散らしてばかりいた13歳の沖ちづるが20歳の自分に向けて書いた「二十歳のあなたへ」という手紙がモチーフになっている。 素直になれないことへの後悔、そんな自分を受け止めてくれる家族への感謝。少女のナイーブな心情が噛み締められるように綴られる。そして大人の入り口に立っている20歳の自分に向けて“夢は覚えていますか”“優しい大人になっていますか”と語りかける。沖ちづるが初めて歌を作ったのは13歳の頃。20歳の沖ちづるは夢を叶え、歌い続ける人生を歩んでいる。沖ちづるの表現の核には、“人とは違うへんな自分”というコンプレックスが底流していたが、この「二十歳のあなたへ」で沖ちづるは13歳の自分と対話することで過去の自分に決着をつけ、今の自分を認めてあげたように思える。 もう1曲の「タイガーリリー」も私的な歌だ。タイガーリリーは『ピーターパン』に登場するインディアンの酋長の娘。幼稚園の頃、沖ちづるが父兄を招いた劇で演じたお気に入りのキャラクター。一途で負けん気が強くて意地っ張り。弱みを見せるのが苦手。そんなタイガーリリーに「強いふりはもういいよ」と語りかける。まるで自分を認めてあげるように。本作はわずか3曲だが、とても濃密な1枚となっている。 また、本作のDVDでは10代最後の夜に行われ、『二十歳のあなたへ』を初披露した生音ライブのほか、シアターモリエールで行われた一人芝居を含むステージの模様が収録されている。この一人芝居を発展させ、沖ちづるは2016年7月には歌と演劇を融合した実験的なステージ『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』を開催。自叙伝を自ら演じ、歌ってみせた。 (文:山本貴政) |
Digital Single『二十歳のあなたへ – 赤坂BLITZワンマンライブ –』 2016.2.24 Release
<レビュー> 2015年12月13日、3週間前に誕生日を迎え20歳になったばかりの沖ちづるは、ワンマンライブ『二十歳のあなたへ』を赤坂BLITZで行った。当日披露された14曲から、「光」「街の灯かり」「高架下の二人」「きみのうた」「光」が配信リリースとなった。 天井の高いライブハウス、沖ちづるはアコースティックギターを抱えて、広いステージに一人で立つ。沖ちづるのライブの特徴はピンと張りつめた緊張感だ。凛とした佇まい、声、言葉に引き込まれ観客は身動きが取れなくなる。声を失いステージから目を離せなくなる。この日も“沖ちづるの世界”がフロアを満たしていった。 「二十歳のあなたへ」は、11月誕生日の夜に開催されたインターネットラジオ「むこうみずようび」の公開録音イベント『大人の誕生日』でお披露目され、この日が2度目の披露となる。 「二十歳のあなたへ」は、日々に苛立ち、周囲に当たり散らし、何もうまくできない自分を自己嫌悪するばかりの13歳の沖ちづるが、20歳の自分へ向けて綴った手紙を元に作られている。両親へ感謝を伝えられず、素直に謝ることができない自分の心情を吐露しながら、祈るように20歳の自分へ“優しい大人になれていますか”と問いかける。この歌は許しの歌であり、自分を認めてあげる歌だ。この歌は沖ちづるのライブにおける重要なレパートリーとなっていく。また、NHKの音楽番組で披露した時には「これは私の歌です」という視聴者からの反応が多く届けられた。沖ちづるは自身の体験をもとに、13歳という難しい年頃の少女の心情を見事にとらえ、“20歳の歌”に昇華した。 続いての「街の灯かり」では、帰路につく最中の商店街の風景をたんたん描写。そこからヒリヒリとした強烈な喪失感を浮かび上がらせる。そして、終わりがあるから始まりがある、始まりがあるなら終わりがあるとばかりに、不思議な生命力をもって迫ってくる。 「舞台は吉祥寺、真夜中の高架下、電車の音だけが鳴り響いています」。この言葉に続いて歌われた「高架下の二人」は、あまりライブで披露されたことがないが、まごうことなき傑作。さよならも言えずに終わりを受けとめる恋人たちの歌だ。沖ちづるは別れのシーン、終わりのシーンを物語にする名手でもある。「高架下の二人」では、いつの時代にも涙の痕跡を残してきた青春の影を痛切な美しさで描いてみせる。 初期のライブでよく歌われていた「きみのうた」は、“悪魔みたいなそれ”というフレーズにドキリとさせられる。ハスキーで湿り気のある声とともに、色気と、まるで呪文のような恐ろしさをもって、この言葉が頭に刻み込まれる。 「光」は沖ちづるが歌い続けて生きていくことの決意を表明した、これまたキャリアにおける重要作。コンプレックスにまみれた自分を認めることで、沖ちづるは表現者としての歩みをはじめたのだ。 このライブ音源の5曲には、沖ちづるの“核”が濃密に凝縮されている。それは20歳を迎えたばかりの地点での、沖ちづるの真髄と言っていい。 (文:山本貴政) |
1st DVD『わたしのこえ』 2015.9.19 Release むこうみずレコード ANTX 1035 ¥1,019 (tax in)
1st Full Album『わたしのこえ』 2015.8.19 Release むこうみずレコード ANTX 1034 ¥2,547 (tax in)
<レビュー> ファーストシングル「光」を携えたリリースツアーのファイナル、東京追加公演として開催された北沢タウンホールでのライブの模様を収録したアルバムが『わたしのこえ』。声ひとつ、アコースティックギター1本で歌を届ける沖ちづるらしく、ファーストアルバムはライブ盤となった。この日のステージでは自主制作盤『はなれてごらん』、シングル『光』、ミニアルバム『景色』の収録曲を中心に歌われた。本作は歌い続けることを決意した19歳のドキュメントでもある。 北沢タウンホールがある下北沢は、沖ちづるが高校を卒業してからの1年間で、多くの時間を過ごした街だ。初めて弾き語りでのステージに立ったのも下北沢の小さなライブハウス。以来、この街のライブハウスのステージにたびたび登場してきた。沖ちづるにとって下北沢の印象的な風景は「ライブが終わって駅の南口へと急ぐ帰り道、夜になっても若者の喧噪が絶えない商店街の雑踏」だという(下北沢駅と駅前の街並みが建て直された現在、南口は存在しない)。 沖ちづるは、このライブの1年後に演劇(一人芝居)と歌を融合させた実験的なステージ「歌語り」に挑戦するが、その歩みを見ても、演劇スポットとして知られる北沢タウンホールを、初めてのホールライブの場に選んだことには、導かれるような“線”が感じられる。 北沢タウンホールの天井までの高さは約12メートル。雰囲気のある広い舞台の真ん中には、椅子が1脚。歌声とギターの音を拾うマイクが2本セットされている。心地よさと緊張感がただようなか、黒い衣装をまとい、珍しく髪をアップした沖ちづるが登場。ピンスポットに照らされ、舞台は始まった。 第一部から収録された歌は「きみのうた」「土にさよなら」「あたたかな時間」「はなれてごらん」「blue light」(第一部で歌われたものは全9曲)。いずれも弾き語りスタイルで活動を始めた当初の歌だ。沖ちづるはリリースを重ねるたびに、ステージを重ねるたびにすごみを増していくのだが、ここでは“恐るべき少女”が大人に変わろうとする時期の原点を見ることができる。第一部のハイライトは「blue light」。つまびくギターの音色に乗せてただならぬ声で、月明かりが照らす“最後の夜”の心象風景が“わたしはずっと歌うから”という思いとともに綴られる。 「後半はどんどん暗い曲になるから覚悟してください」と告げられて始まった第二部とアンコールからは「景色」「わるぐちなんて」「街の灯かり」「春は何処に」「光」「下北沢」を収録(第二部で歌われたものは全8曲)。圧巻は最後の2曲の流れ。沖ちづるの“歌い続ける人生”を決定づけた「光」の後、この日のために書き下ろした「下北沢」が力強く歌われる。 「下北沢」はこの街に行き交う人々の喧噪を描いた群像劇。他者の息吹が活き活きと吹き込まれている。もちろん、それまでの曲にも他者は登場してはいるが、その姿はどこか、沖ちづるの心の風景の一部となっていたように思われる。しかし「下北沢」の登場人物には、より生々しい息使いがあり、沖ちづるとの関係はあくまで対等に見える。「下北沢」でみせた開放的な人間ドラマで、沖ちづるが描く物語は新たな地平に立った。 この日を経て、沖ちづるはミニアルバム『景色』のリリースツアーに出ることになる。そして、そのファイナル公演で“完全生音ライブ”に挑むことになる。本作は、本公演は果敢な挑戦を続ける19歳の変化していく姿をとらえている。この日の模様は同じ歌を収録したDVD作品『わたしのこえ』でも見ることができる。19歳のドキュメントを目撃してほしい。 (文:山本貴政) |
1st Mini Album『景色』 2015.6.10 Release むこうみずレコード ANTX 1031~32 ¥2,343 (tax in)
<レビュー> 「光」から4ヶ月後にあたる2015年5月に発表されたミニアルバム「景色」。『はなれてごらん』リリースに伴う2015年1月の初ワンマンライブ以降に書かれた5曲が収録されている。本格的に弾き語りスタイルで歌い出し、溢れるように歌を書き上げる勢いがうかがえる1枚だ。さまざまなタイプの歌が、沖ちづるの“声と物語”で一本に貫かれている。 「景色」は「光」と“対”になっているナンバー。「光」でコンプレックスにこんがらがった自分を認め、歌うことを決意表明した沖ちづるは、「景色」で“君の言葉はそれでいいのかい”“この先待つのは優しい場所ではない”“この先待つのはだれもいないかもしれない”と歌う。ここには、たどり着いた場所で見る景色が素晴らしいものではないかもしれない、でも覚悟を持って歩き続けるんだ、という次なる決意が満ちている。クライマックスで声を震わせながら歌う19歳の姿は圧巻だ。 「小さな丘」は性急に歌われるナンバー。ここで描かれる“ゆらりと跳んで、跳ねて、消えていったボール”“小さな丘がある楽園”といった風景は、既視感があるようで、どこにもない白昼夢のようでもある。「景色」で歌った“その先”という場所へのイマジネーションが掻き立てられる。「わるぐちなんて」は1分ちょっとの尺でつんのめるようなトーキングスタイルの歌唱を披露。一気呵成に、笑われているあぶれものの君を“君の好きなところを知っている”と優しく認める。「広島」は広島の離島に住む祖父への思いが込められた歌だ。 本作の最後を締めるのは、淡々とした静かな歌が耳から離れない「街の灯かり」。家路につくなかの街並みを眺めながらつぶやかれる、“いつか失うから捨てることもない”“いつか失うから辞めることもない”というフレーズからは拭えない諦観と、その裏腹にある生へのたくましさがうかかがえる。同時に、自分の人生を生きる覚悟をもつことは、見慣れた街の風景からどこか外れてしまうものなのか…と、そんなもの寂しさをつきつけている。 高校3年生のときに作った「光」で注目された沖ちづるにとって、本作は次に向かうための一枚だ。その決意が、歌い続けていくことの覚悟と孤独のなかで緊張感をはらんで表現されている。 なお、本作のカップリングDVDでは、沖の姉、沖ひかるが監督を務めた8分に及ぶ「光」のミュージックビデオも収録。沖ちづるが劇中で2役を演じる姉妹の共作となっている。 (文:山本貴政) |
1st Single『光』 2015.2.25 Release むこうみずレコード ANTX 1029~30 ¥2,037 (tax in)
<レビュー> 2014年の年末、渋谷にある天井の高い中規模キャパのライブハウス。そこで行われたイベントでオープニングアクトとしてひとり登場した沖ちづるを見た。彼女がアコースティックギターをつま弾き一声を発した瞬間、息を飲んだ。人が心の奥底にそっとしまい込んだ感情=業をはらむ凛とした歌声、よく届く言葉で綴られた物語が突き刺さった。心がざわざわとした。ほかの出演者のファンがほとんどというなか、フロアは緊張感で静まりかえっていた。“恐るべき19歳”。そんな評判が広がっていたが、その噂は本当だった。 その2ヶ月後、沖ちづるの初のシングル『光』が届く。「光」は沖ちづるが“歌い、生きていくこと”を決意表明した歌だ。作ったのは高校3年生のとき。進路で頭がいっぱいのみんなに「歌っているへんな娘」とバカにされて心が折れそうになっていた。私は本当に歌ってもいいのかと。でも、コンプレックスばかりの自分だけど、歌だけは続けたい。たとえけなされても、やりたいことをやる。そんな思いに突き動かされるように、この歌のメロディと歌詞が浮かんだという。 「光」は過去、現在、未来の自分を受け入れようとする歌だ。素の自分を認め、救う歌だ。“醜くていい、醜く歩け”、“信じろ自分を、信じろ声を”“声よ高く外に響け”“笑われ、けなされ、それでも歌え”“わたしが君を見つけるから”。こんな言葉が尋常ならざる熱で繰り返される。自分を認めることからすべては始まり、だからこそ「自分を認めてもいいんだ」というメッセージを伝えることができる。この歌は沖ちづるのキャリアにおいて重要な曲となり、そのメッセージは伝播していくことになる。 ほかの収録曲の「まいにち女の子」は中高一貫教育の女子校で過ごした沖ちづるが年頃の女の娘たちの喧騒を風刺的な視線で描いたもの。「母さんと私」では“私、好きな人がいるの”とそっと告白しながら、母親とのすれ違いを綴る。この家族との葛藤は後にも形を変え、新たな歌になっていく。3曲とも私的なことをモチーフにしながら、それが“みんなの歌”の歌になっている。ここに沖ちづるが非凡なストーリーテラーの才の持ち主であることが見てとれる。 話は冒頭で述べた音楽イベントに。わずか4曲のステージだったが、隣の席に座っている女性は最後に歌われた「光」に涙を流していた。「光」は今もさまざまな場所であらがう人々の心に届いている。今年、2021年9月には「光」に触発された藤原知之監督の短編映画「無題」を含む『MIRRORLIAR FILMS』の上映が決まっている。 (文:山本貴政) |
1st mini album『はなれてごらん』 2014.9.5 Release ※ライブ会場限定 300枚限定販売<販売終了>
<レビュー> 18歳の沖ちづるが初めて発表した音源が自主制作盤の『はなれてごらん』。後に全国流通盤に収録される「きみのうた」「土にさよなら」「あたたかな時間」「光」のほか、DVD映像でのみ聴くことができる「いとまごい」が収録されている。本作を沖ちづるが中学時代から続けたバンド活動に一区切りをつけ、本格的に弾き語りでの活動を始めようとする過渡期にあって、彼女の“ほかの誰とも違う歌声と物語”を広げていくことに一役買う。沖ちづるは本作を携えての リリースツアーのファイナル公演を昼はバンドセット、夜は弾き語りの2部構成で行った。その日の沖ちづるは、昼の部では仲間たちとの演奏を誇らしそうに喜び、夜の部では、たった一人でこれから歌っていくことの決意が満ちていた。そしてたくさんのファンが駆けつけたことで「コンプレックスを抱いていた自分に、少し自信がもてた」とMCで語っていた。 手作りのジャケットに包まれた本作は限定300枚をわずか2ヶ月で完売し、追加プレスされた200枚も人々の手に渡り、現在は販売終了となっている。なお、初期のライブでの定番レパートリーで王道のフォークロックナンバー「いとまごい」は、13歳の沖ちづるがおぼつかないギターで初めて作り、初めて友だちに聴かせた歌だという。原石だった頃の沖ちづるのパーソナルがうかがえる作品なので、入手困難だが機会があれば聴いてほしい。 (文:山本貴政) 【INTERVIEW】初インタビュー[私の歌が聞こえますか](2015年) ●初インタビュー 【SPECIAL】◎2018年 ●2018年11月26日風知空知ライブレポート ●2018年5月24日風知空知ライブレポート ●2018年3月19日Zher the ZOO YOYOGIライブレポート ●2018年3rd Single 「負けました」インタビュー ◎2017年 ●2017年11月24日Zher the ZOO YOYOGIライブレポート ●2017年4月28日六本木Varit.ライブレポート ●2017年3月31日六本木Varit.ライブレポート ●2017年3月1日六本木Varit.ライブレポート ●2017年「僕は今(band ver.)」について ●2017年 沖ちづるの今 ◎2016年 ●2016年11月25日 六本木VARIT.ライブレポート ●2016年10月21日 六本木VARIT.ライブレポート ●2016年9月16日 六本木VARIT.ライブレポート ●2016年7月30日 渋谷duo MUSIC EXCHANGEライブレポート ●2016年 沖ちづる「歌語り」インタビュー ●2016年5月20日 六本木VARIT.ライブレポート ●2016年3月13日 恵比寿天窓.switchライブレポート ●2016年【対談】沖ちづる × 藤枝憲 (Coa Graphics) ●2016年 旅立ち ライナーノーツ ◎2015年 ●2015年12月13日 赤坂BLITZ ライブレポート ●2015年9月19日 渋谷gee-geライブレポート ●2015年“わたしのこえ”インタビュー ●2015年7月17日 新宿シアターモリエールライブレポート ●2015年5月10日 北沢タウンホール ライブレポート ●2015年 景色ライナーノーツ ●2015年1月18日渋谷7th Floorライブレポート ◎2014年 ●2014年 沖ちづるの想い(2014.12.31) ●2014年 沖ちづるの想い(2014.12.22) ●2014年 沖ちづる1st mini album “はなれてごらん” コメント |
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