2016年7月30日 渋谷duo MUSIC EXCHANGEライブレポート 演劇+歌。沖ちづるの物語性を解き放った「歌語り」 ◎成長するってこと。13歳から今に続く「私の物語」 2016年7月30日。沖ちづるが「歌語り」に挑んだ。「歌語り」とは、演劇と歌からなる新しい表現スタイル。自分の心情を根っこにした物語性豊かな楽曲を作る沖ちづるにとって、演劇を取り入れたステージはうってつけといえる。 今年の3月、沖ちづるは「朗読+歌」という実験的なステージを見せている。今回の「歌語り」は、そこからさらに表現の幅を広げることで、大きな物語を描こうとしているようだ。 このイベントのタイトルは『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』と名づけられていた。「二十歳のあなたへ」は、13歳の沖ちづるが二十歳になった自分に向けて綴った同名の手紙がモチーフとなった楽曲だ。 当時の沖ちづるは「自分には何もできない」「自分なんか何かになれるわけがない」というコンプレックスにまみれていたという。周囲の友達にも自分の気持ちをうまく伝えられず、それらの苛立ちを家族にぶつけていた。 とくに母親とは口を開けば喧嘩ばかりの毎日。うまくいかないことをすべて親のせいにするしかなかった。 「ごめんなさい」「ありがとう」。素直なひと言がいえない。ただ、そんな出口のない自己嫌悪の日々にも歌手になりたい、という夢はあった。 手紙には苦しみと夢が、勢いにまかせてぎっしりと綴られていた。そして、「あなたは今、優しい大人になっていますか」とも……。二十歳を目前にした沖ちづるは、偶然その手紙を見つけ、あの頃の自分を認めてあげるかのように「そのままの13歳の歌」に仕立てた。 「歌語り」版の「二十歳のあなたへ」の主人公は沖ちづる本人。13歳の頃の沖ちづるが二十歳を迎え、歌手としての道を歩み出した現在までが描かれている。 ステージをみると小さな机といすがひとつずつ。フロアが暗転し、「歌語り」が始まった。 ◎舞台は「誰も知らない」路上から始まった 静まりかえった暗がりのなか、フロアの後方からギターケースを背負った沖ちづるがやってくる。ステージには上がらず、最前列の客席の目の前でギターケースを開き、「渋谷駅ハチ公前での路上ライブ」を始めた。この場所が第1部の舞台だ。 沖ちづるは所在なげに、通り過ぎる人々に向けて声をかける。「今度、初めてのレコ発ライブがあります」と。居心地の悪そうな顔をして「ヤーレンホイラ」と「はなれてごらん」を歌う。 ここでの歌は生音。演劇さながら、いっさいマイクを通していない。震えるような体の歌唱からは、「何もできない」自分から「何かができそうな」自分へと変わろうとしている心情がみえてくる。自信のなさと「でもやるんだ」という覚悟との間にある、心のゆらぎが危うくもリアルだ。 第1幕は、高校卒業後の沖ちづるがたくさんのライブを行ってきた街・下北沢の群像を描いた「下北沢」で幕を閉じた。 ◎「何もできなかった自分」と「初めてできた歌」 第2幕の舞台は13歳の沖ちづるの部屋。白いソックスに紺色のスカート、白いTシャツ、というよりは体操着だろうか、とにかく野暮ったい中学生の扮装をした沖ちづるが舞台袖からヒステリックに飛び込んできた。「何で、何で!」と真っ赤な顔で母親に怒鳴りちらしている……。 6月の終わり頃、「歌語り」のリハーサルを重ねる最中に行われたインタビューで、沖ちづるは当時を振り返ってこんなことも言っている。 「本当は母親と喧嘩をするのはイヤだし、『なんて自分は心がせまいんだろう』って自己嫌悪していたんです。でも次の日にはまたぶつかってしまって。『私はどうしよもない人間だ』と、毎晩のように泣いていました」 変わりたくても変われない情けさは、自分が一番よくわかっている。 舞台の上、13歳の沖ちづるは「できた!」「できない!」と一喜一憂しながら、ギターを覚え、曲を作りだす。 初めてできた曲「いとまごい」をドキドキしながら、電話ごしに、友達に歌ってきかせる。 何かが生まれようとしていた。 ◎いつか私に生まれてきてよかったと言ってみせます 最終章にあたる第3幕、歌手になるという夢の入り口に立った沖ちづるが、ステージの上でマイクに向かう。7月30日。現実と物語が入り混じるなか、初めてのレコ発ライブ「二十歳のあなたへ」の幕が開いた。 「レコ発」のオープニング曲は「旅立ち」。曲の途中、腰をかがめて一瞬タメを作った沖ちづる。緊張している体を捨て、本来の伸びやかな声で歌い出す。 「出来るだろう 出来るのだろう この場所に立つ為に来たんだろう」 夢を成し遂げる決意をこう宣言してみせた。 14歳の時に亡くなった旧友に向けた「クラスメイト」、新曲の「誰も知らない」が続く。牧歌的なメロディに乗せた「クラスメイト」には、「みんな、いつか終わりがくる。だから、これからの人生を後悔しないように生きよう」という思いが込められているという。 「誰もいない 誰も知らない この街の歌よ 永遠に」と歌われる「誰も知らない」を聴いていると、第一幕での路上ライブ、そこで描いてみせた雑踏の風景が頭に浮かんだ。自分の歌を前にして通りすぎる人もいれば、見つけてくれる人もいる。雑踏のなか、「誰も知らない」歌が響いていく……。 朗読劇のような語りを織り交ぜながらステージは佳境へ。本格的に弾き語りを始めてからずっと歌ってきた「光」が歌われる。 中学、高校時代、沖ちづるは「歌をうたっている変な子」と級友にからかわれたこともあったという。そんな好奇な視線もコンプレックスを刺激した。でも、「そんな自分を認めてもいいんだ」と背中を押してくれた曲、それが「光」だった。 沖ちづるの「あの頃」と「今」をつなぐ「歌語り」は「二十歳のあなたへ」で幕を閉じた。 「いつか私は、私に生まれてよかったと言ってみせます」 「二十歳のあなたへ」を歌う前に訪れた演劇的クライマックスで、沖ちづるが言ったセリフだ。「何もできない」「何にもなれない」と泣いていた13歳は、あの頃の苦しみは無駄じゃなかったと受け入れられるようになっていた。 この日、僕の前の席には、10代半ばと思わしき制服を着た女の子が座っていたのだが、思春期の真っ最中で彼女は何を感じただろうか。 そして、二十歳の沖ちづるはこれから何を生み出していくのだろう。 「歌語り」というコンセプチュアルな演劇的ステージは、沖ちづるの物語性を押し拡げる試みとなりそうだ。次の「演目」も楽しみにしたい。 文=山本貴政 ■セットリスト 沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ” 【第1部】 01. ヤーレンホイラ 02. はなれてごらん 03. 下北沢 【第2部】 04. いとまごい 【第3部】 05. 旅立ち 06. クラスメイト 07. 誰も知らない 08. 光 09. 二十歳のあなたへ [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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