歌うことが生きること。 恐るべき19歳が祝福された日 2015年1月18日。 「1st mini album “はなれてごらん”リリースツアー ファイナルワンマン 君と遠く」の追加公演が 渋谷7th Floorで行われた。 9月5日の新宿JAMでのライブからライブハウス限定で販売を始めたミニアルバム『はなれてごらん』は、当初の限定数300枚をわずか2ヶ月で完売。追加した200枚も着実にライブ会場で出会った人々に手渡されていったが、このリリースツアーのファイナル公演をもって販売は終了となる。好機運の中で迎えた初のワンマン・ライブは、バンドセットの昼の部、弾き語りスタイルの夜の部からなる2ステージ。高校を卒業してまだ1年に満たない19歳、沖ちづるの記念すべき1日が幕を空けようとしている。 【昼の部】 青春のきらめきをまとったバンドセット公演 空模様は快晴。渋谷7th Floorの大きく、四角い窓からフロアに陽光が差し込む。14時の開演を前に、初のワンマン・ライブをバンドセットで披露することもあってフロアは満員。穏やかな空気が漂い、観客はあたたかな期待感で沖ちづるが現れるのを待っている。 ウェディングドレスのような白いワンピースをまとい、ベールをかぶった沖ちづるとメンバーがフロアの後方から登場。大きな拍手と笑顔に迎えられ、フロアの真ん中を割りながら舞台へと駆け上がる。短い挨拶の後、3人のホーン隊とヴァイオリンも配した7人編成のバンドをバックに、沖ちづるがアコースティック・ギターをつま弾き、「きみのうた」を静かに歌い出す。観客とバンドのメンバー達に見守られながら、ステージは始まった。 いつもの弾き語りライブと同じように、声だけで瞬時にフロアの空気を変える。徐々にドリーム・ポップ風のアンビエントなバンド・アンサンブルが加わり、楽曲に色を添える。「きみのうた」を歌い終えると、「やっぱりこれ(ベール)、取ってもいいですか?」と苦笑い。思うようにベールが取れずあたふたとする姿にフロアから笑みがこぼれ、緊張感が和らいでいく。 アップテンポ調の「土にさよなら」で勢いを付け、再びアコースティック・ギターと歌声のみで始まった「いとまごい」では、サビで勇壮なホーン隊の音色が響き、スケールの大きな展開を聴かせる。同年代のバンドのメンバー達に支えられ、沖ちづるから「青春まっただ中!」といったきらめきが放たれる。ウッドベースが利いたトラッドな「やきにくのうた」、裏打ちツービートでノリよく聴かせる「はなれてごらん」、陽光が差し込むフロアの空気にマッチした木漏れ日のような「あたたかな時間」が続き、前半戦は終了。歌声のすごみだけでもっていく弾き語りスタイルもいいが、バンドセットのスタイルも賑やかで、これまたよしといったところだ。 ステージの後半戦は新曲の「わるぐちなんて」でスタート。「みんな同じ、それでいいじゃない」というメッセージを早口で繰り出してくる。母親との愛憎を綴った「母さんと私」を経て、女の子の世界のややこしいアレコレを、ちょっとした皮肉を込めてコミカルに描写する「まいにち女の子」へ。沖ちづるの群像描写力が発揮された小気味いい短編小説のような曲だ。そして、ステージは「光」でクライマックスに。「高校時代、一番つらかった時に作った曲」と語り、真っ直ぐな視線でフロアを見据えながら、圧倒的なパフォーマンスで歌い上げる。“歌い続けること/生き続けること”への決意が歌となって押し寄せてくる。自らを励まし、聴く者を励ます大きな歌だ。この曲は今後も大切な1曲として歌い続けられていくことだろう。 「光」の余韻が覚めやらぬ中、幻想的なバラード「blue light」を挟み、ステージはフィナーレへと。ソロ活動を始めたこの1年で、我が身に起こった劇的な変化に思いを馳せながら感謝の言葉を口にする沖ちづる。アコースティック・ギターのカッティングで始まる「景色」のイントロに、バンドがフルセットで加わってくる。沖ちづるはラストナンバーをドラマチックに歌い上げ、ステージは幕を下ろした。 アンコールなし、あっという間の12曲。バラエティに富んだアンサンブルで楽しませてくれた昼の部だった。さて、声のすごみをより堪能できる弾き語りスタイルの夜の部は如何に……。 【夜の部】 新星と噂される才能と、等身大の姿をみせた夜 冬の短い日が落ちてしばらく経った頃。オレンジ色の灯りに照らされた渋谷7th Floorのフロアには、沖ちづるのツアーファイナル公演の夜の部を観るべく、ファンが集っていた。フロアはほぼ満員。昼の部に続いてやってきた顔もちらほらと見える。 バンドセットで行われた昼の部がハッピーに終わったためか、思いのほか、フロアにはリラックスした空気が満ちている。しかしながら同時に、弾き語りスタイルで行われる夜の部では、ひと声で会場全体の空気を変える沖ちづるの歌をワンマン・ライブじっくり味わえるとあって、静かな緊張感も漂っていた。 18時30分。 アコースティック・ギターを抱えた沖ちづるが登場。ひとり舞台上の椅子に座る。繊細に紡がれるアコースティク・ギターのアルペジオをきっかけに、ステージは「きみのうた」で始まった。静寂感がフロアを包む。「悪魔みたいなそれ」。瑞々しく、ややハスキーな声で、ドキリとするフレーズを口にする。時折、聴こえてくるブレス(息継ぎ)の音がリアルさを増している。やはり弾き語りスタイルだと、沖ちづるのパーソナルがよりダイレクトに迫ってくる。歌い終えた沖ちづるは、一瞬目を伏せ、それから顔を上げて笑顔に。フロアの緊張感がほぐれていく。 「アンコールなしの全力の12曲」と昼の部で宣言した通り、夜の部も、昼の部で披露した12曲が曲順を変えながら披露されていく。ツアーを終える安堵や、自分を観に来ているファンだけを前にした安心感もあってか、いつになく沖ちづるはリラックスしたムードで佇んでいる。1曲ずつ、これから歌う楽曲の生まれた背景や心情を語り、ゆっくりとステージを進めていく。それらの言葉からは、類い稀な声の持ち主、シンガーソングライター界の新星と噂される19歳の等身大の姿が伺えて、微笑ましい。また、ちょっとした日常の風景を鋭い言葉で描き、聴く者の心象風景をも刺激するストーリーテラーとしての才能もあらためて実感させられた。「やはり恐るべき19歳だな」という印象をより強く抱かされた、というわけだ。 チャーミングな「土にさよなら」、高校1年の頃に作った「いとまごい」、老夫婦のほっこりとさせるエピソードを元にした「やきにくのうた」、女の子の世界を独特な目線で描写した「まいにち女の子」、沖ちづるの心にある傷跡を覗くような「母さんと私」、“君と僕”の在り方を優しく、強く肯定する新曲の「わるぐちなんて」……。 実体験と思わしき歌のモチーフが、普遍的な力を持つ歌物語となって放たれていく。MCでは、歌うことへのコンプレックスや、歌い続けることで見えてくる景色への希望をとつとつと話していたが、そんな自分を励ますように一生懸命に沖ちづるは歌う。自分に、みんなに、少し手も見晴らしいい景色が訪れることを願うかのように。 祝福の夜にふさわしい「あたたかな時間」、「はなれてごらん」を経て、夜の部のクライマックスも「光」で訪れた。 “信じろ自分を、信じろ声を”、“声よ高く外に響け。笑われ貶されそれでも歌え”。歌い続けることこそ生き続けること。そんな決意を表明する「光」は感動的だ。震えがくるような迫真の歌声に、観客はただただ釘付けにされていた。ピンと張りつめた空気を再度ほぐすように「景色」、「blue light」といった美しいナンバーが歌われ、ステージは終了。深く2度、お辞儀をして沖ちづるは舞台を降りた。 バラエティに富んだアレンジで多彩な表情を見せてくれた昼の部のバンドセット、ネイキッドな個の力で迫った夜の部の弾き語りスタイル。伸び盛りの19歳らしく、沖ちづるはこれからたくさんの経験を積んで、様々な舞台で歌を聴かせてくれることだろう。次のワンマン・ライブは3月3日の下北沢440で行われる。楽しみに待ちたい。 ●セットリスト 「1st mini album “はなれてごらん”リリースツアー ファイナルワンマン 君と遠く」 昼の部 2015年1月18日 渋谷7th Floor セットリスト 01. きみのうた 02. 土にさよなら 03. いとまごい 04. やきにくのうた 05. はなれてごらん 06. あたたかな時間 07. わるぐちなんて 08. 母さんと私 09. まいにち女の子 10. 光 11. blue light 12. 景色 「1st mini album “はなれてごらん”リリースツアー ファイナルワンマン 君と遠く 〜追加公演〜」 夜の部 2015年1月18日 渋谷7th Floor セットリスト 13. きみのうた 14. 土にさよなら 15. いとまごい 16. やきにくのうた 17. まいにち女の子 18. 母さんと私 19. わるぐちなんて 20. あたたかな時間 21. はなれてごらん 22. 光 23. 景色 24. blue light ●文・山本貴政(ヤマモトカウンシル) [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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