旅立ち ライナーノーツ ニューシングル「旅立ち」は、昨年11月に成人したばかりの彼女にふさわしい、まさに人生の節目を刻む作品となった。まず表題曲の「旅立ち」は、12月13日に行われた赤坂ブリッツでのワンマンライヴで披露されたのと同じくバンドアレンジによる楽曲。彼女には弾き語りのイメージが強いがこのタイミングでバンドアレンジによる楽曲をリリースするのは、やはり二十歳という節目も関係しているのだろう。本人はこう説明する。 「この曲ができた時からバンドでやりたいと思っていたのですが、多分それは、この一年ずっと弾き語りとしてのアプローチに取り組んできたからこそ、このタイミングで何か新たな予感を感じさせる音作りにしたいと思っていたからだと思います」 しっかりした足どりで歩を進めていくようなテンポに合わせメロディを力強く唄い上げるその声には、ともすれば折れてしまいそうな自分を励まそうとしているような切実さがある。また〈壁に手をついてでも歩いただろう〉といった一節に象徴されるような言葉がなんども繰り返されるのだ。こう説明するとどれだけストイックな曲なんだ、と思われてしまうかもしれない。でも、この曲には本人が言うような〈新たな予感〉に満ちているだけでなく、未来に対する期待やワクワクした気持ちも感じられる。 「今回、"光"の続編のような曲を書いてみたいなと思ったんです。あの曲を書いた2年前の自分はまだ行き場所も見つからず、もがきながら未来の自分に向けて叫んでいたけど、"旅立ち"はそこから一歩ずつ歩んで、未来の自分が歌詞の中にあるような〈光差す場所〉に立って歌う時に、より強い意味を持つような曲になればいいと思って」 「光」という曲を書いた時の沖は、暗がりの中でひとり出口も見えず光だけを探していた。けどあれから月日が経ち、シンガーソングライターとして様々な経験を重ねただけでなく、二十歳という自分の居所が自覚できる年齢も迎えた。光が差す場所が何処にあるかは分からないけど、たぶん私は大丈夫。きっとそこに向かって唄い続ける自分がいるはずだから。そんな自分の〈これから〉に希望と期待を曲にした、というわけだ。そんな意気揚々とした彼女の気持ちが、バンドサウンドによって描かれている。 「あと、これは"景色"や"光"の歌詞にも言えることなんですけど、自分のことを〈ダメだ〉って思ってしまいがちな人ってとても多いと思うんです。もちろん私自身がそうなんですけど、だからそういう人に向けて『それでも何とか歩いてきたじゃないか』と、励ませることができたらいいなと」 ライヴを初めて観た時、〈なんて意志の固い人なんだ〉と驚かされた。芯の太さも10代とは思えないほどだった。でもそれらはすべて自信のなさの裏返しであり、だからこそ「光」や「景色」のような歌を唄うことで自分を奮い立たせ、今回「旅立ち」のような曲を唄えるようになった、ということなのだろう。そこに彼女の歌のリアルが存在する。 「この一年ずっと弾き語りでやっていたのは、自分の芯みたいな部分を太く強くしないと、と思っていたことが大きいです。今回の曲がバンド形態でやれたのは、弾き語りだけでなくどんな形態であっても楽曲の魅力を最大限に引き出せる人になりたいなと思っていることもあって。だから、これからも弾き語りにもバンドセットにもチャレンジして、どんな形でも強くなっていきたいと思っています」 そしてカップリングの「二十歳のあなたへ」。こちらはすでにWEB上で動画も公開されている曲だが、これは中学時代の彼女が二十歳の自分へ書いた実在する手紙を基に作られたという。親に盾つきまくる反抗期真っ盛りだった頃の彼女が、〈二十歳のあなたは何をしてますか〉と歌の中で問いかけているのだ。これまで彼女が書いてきた曲には、いくつか家族がモチーフとなっているものが存在していて、それはどこにでもよくある10代の少女の日常の風景であるかのように、あくまでも彼女は語り部としてその風景や心情を描写するものだったが、この曲でもそのスキルが存分に発揮されている。 「当時この手紙を書いたのは、たぶん衝動的なものだったと思います。その頃は毎日母親と喧嘩しているような反抗期の中学生で、受験して通った念願の学校も思っていたより面白くなくて、友達も部活も家族も色んなことがうまくいかない時期で。きっとすがるものが何も無かったからこそ、未来の私にすがりたかったんじゃないかなと思います」 「二十歳のあなたへ」はその時の彼女の切迫した思いがヒシヒシと伝わってくるだけでなく、かつてそんな思いを抱えていた自分のことを思い出すことができる歌でもある。〈優しい大人になっていますか〉というフレーズで締めくくられているのは、たぶんその問いかけが成人したばかりの自分に向けられているからなのだろう。そして3曲目の「タイガーリリー」。ピーターパンの物語を知ってる人なら説明不要だが、インディアンの娘であるタイガーリリーは、悪者フック船長に捕らわれの身となり、ピーターパンの隠れ家を聞きだそうとする船長に対して口を割らない芯の強い女の子。ウエンディ、ティンカーベルといった劇中のヒロインの中ではやや控え目の役どころではあるが、だからこそ沖は彼女のことを歌にしたかった。 「私は小さい頃から『ピーターパン』が大好きで、特にタイガーリリーが何故か好きでした。幼稚園でピーターパンのお遊戯会をした時も、すぐにタイガーリリー役に立候補したぐらい(笑)。小学生になってからも色んな役を劇で演じたのですが、こんなに思い入れの強い役はタイガーリリーだけなんじゃないかと思っています。タイガーリリーは、決して叶わぬ恋をピーターにしていて、それでもウエンディやティンクに嫉妬したり憎んだりせず、強く生きることができる女の子……っていうのが私の中のイメージで。そういうところが好きなのかもしれません」 強くてしっかり者に見えるタイガーリリー。そんな彼女に向かって〈強いふりはもういいよ タイガーリリー・ミー〉と沖は唄う。タイガーリリーと鏡合わせの自分。そのことをきっと今の彼女はどこかで自覚しているかもしれない。 二十歳を迎え、この作品とともに彼女は新しい航海へと出立した。帆を上げたばかりの彼女の小さな船は、これからどこに向かうのか、それはまだ分からない。でも、風は強く吹いている。それは間違いない。 樋口靖幸 (音楽と人編集部) [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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