沖ちづるの今 2017年は、シンガーソングライター沖ちづるにとって飛躍の年となりそうだ。公開中の映画『くも漫。』では主題歌を担当し、俳優として出演も果たした。そして、キャリアのターニングポイントになりそうな新作ミニアルバム「僕は今」が、いよいよリリースとなる。順風満帆に見える彼女の2017年だが、「僕は今」の制作期間の2016年は、実はシンガーソングライターとしての葛藤に揺れた日々でもあった。映画公開、そして新作発表にいたるまでの日々を彼女に聞いた。 「上田市の空気も吸いながら、より歌詞が作り上げられていきました」 ―映画 『くも漫。』が公開されました。主題歌担当だけでなく、ご出演もされた作品ですが、もともと俳優業への興味はあったのですか? 「基本的に目立ちたがり屋なので(笑)。決まった時は素直に嬉しかったですね」 ―出演はどういった経緯だったのでしょうか。 「ミュージックビデオの『旅立ち』を撮った時に、一緒に関わってくれた方が、とあるテレビ局の方で。その方から私のCDや映像がいろんなところに伝わっていって、最終的にこの映画に関わっているスタッフ方からお話をいただきました。監督さんと何回かお会いしたんですが、イメージしているキャラクターにも近かったようで」 ―主人公の秘密を最初に発見する妹という、登場時間以上に、物語のキーとなるキャラクターですよね。 「最初は設定だけを聞いて、どんな映画なんだろうと思ったんですけど(笑)。脚本を読むと、家族だったり周りの人との温かいお話なんだな、と気づいて。撮影現場もそういう空気だったし、温かさでお力添えができればいいなと思いました。主題歌も担当させていただいたんですが、その距離間に添えるような歌になるといいなと思って」 ―主題歌「誰も知らない」は、映画の舞台になっている上田市の景色とも重なるイメージを持った曲ですよね。 「最初は新しい曲か、今までの曲から選ぶのか迷ったんですけど、せっかくだからこの映画のために新しく書きたいなと思いました。実は撮影に行く前から作っていた曲なんですけど、ロケ地に行って、上田市の空気も吸いながらより歌詞が作り上げられていきました」 ―映画の舞台となった町を描くという発想は、当初からあったのですか? 「暗い歌にもなりかねなかったので、上田市に行く前はけっこう悩んでいましたね。映像でも切り取られてますけど、あの景色、風景を見て、そこからはフッと出てきました。あの都心過ぎない感じ。主人公も孤独というよりは、ちょっと寂しい人じゃないですか。ひとりだと思っているけど、心配してくれるお父さんや妹もいるし、寂しさのなかのちょっとした温かさみたいなものは、映画を撮りながらも感じていました。主題歌を担当して思ったのは、あんまり書きすぎる必要はないんだな、ということですね。この映画を説明すると言うよりは、映画のなかにスッと溶け込めればいいのかな、と思いました」 ―「誰も知らない」という言葉が、前向きでも後ろ向きでもなく、自然に響く楽曲ですよね。 「この映画って、誰にでも起こり得る男性の話というか。もちろん起こったことはちょっと特殊な状況なんですけど、でも彼自身は普通の生活をしているニートだし、悩んで悩んで、くすぶっている。そういう日本のどこにでもある、けど誰も知らない、誰かの物語みたいに描きたかったんですよね。どこかで生活している誰かの物語、それは自分自身でもあるし。自分は東京で暮らしているんですけど、周りにあまりに建物がなかったりするので、そういう風景とのリンクもあったんです。どこにでもありそうだからこそ、みんなが思い出せるあの寂しさなのかな、と思うんですよね」 「変わっていこうというよりは、変わらない日々でも歌おう、と思いました」 ―続いて、最新ミニアルバム「僕は今」についても聞かせてください。表題曲の「僕は今」は、出来上がるまでにずいぶん苦しんだようですね。 「悩んでましたね。今まで、ここまで時間をかけた曲はなくて。テーマがあって流れるように曲を書いて、流れるように出てこない曲は諦めるというか、放ってしまうことも多かったんです。今回は、今の自分だから書ける曲を作りたいというのがどうしてもあったので、今までとは違う曲の作り方になりました。そうしたら、進めて進めても、もっとよくできるはずだと、はまり込んでいって」 ―時間がかかったのは、特にどんな部分だったのですか? 「どうしても飾ってしまったり、耳障りの良いことを言ってしまったりとか。他のアーティストの同じテーマの楽曲を聴いたりもしたんですが、それこそ尾崎豊さんとか、中島みゆきさんとか、素晴らしい曲がたくさんあるじゃないですが。それを聴いて、こんな曲があるなら私の曲なんてなくてもいいんじゃないか、と落ち込んだりもして。『周りの人を妬んでばかりで』っていう歌詞がありますけど。より自分らしい、沖ちづるの曲を書かないと、と思うと時間はかかりましたね」 ―最終的に「変わらない」というサビの言葉に集約されるわけですね。 「長い時間をかければかけるほど、落ち込むことも増えたし、できないと思いそうになることもありました。ずっと言葉を探しているなかで、この『変わらない』っていうワードに行き当たったんですけど、はじめはこういう一見否定的に感じる言葉を使う感覚はなかったんですよ。でも、今の自分ががんばれとか、やればできるとか、そういう言葉を言えるのかと考えると、それは言えないなと。精一杯の自分の現状を見つめていたのもあるし、変わらないけど、それでもの一言にかけるみたいな、本当にすがるような気持ちが当てはまるのがこのサビでした。ここに辿りつくまでは、もっとネガティブだったんですよ(笑)。『変わらない』っていう言葉の使い方も最初はもっと暗かったんですけど、そこからちょっとでも光を出したかったんですよね」 ―同じテーマで、わかりやすく前向きに聞こえる言葉を選択している楽曲もあります。沖さんとしては、それは違うという感覚だったのですか? 「いや、どっちの選択肢もありました。そういう言葉のほうが聴いてもらえるんじゃないか、共感できるんじゃないか、いろんなことを考えました。最終的に変わっていこうというよりは、変わらない日々でも歌おう、と思いました。自分でもここまで粘って曲を書いたことはなかったし、試行錯誤もしたし、混乱していた時期でもありました。そのなかで、一筋の光が差し込むような言葉を探しましたね。変わらない日々に対して、マイナスな言葉だけでは終わりたくなかったんですよね。どうすれば光が差し込む曲になるのか。矛盾しているかもしれないですけど。こういうポジティブのあり方があってもいいかな、と(笑)」 ―ミニアルバムの他の楽曲についても聞かせてください。 「全体のコンセプトとしては、ギター弾き語りで、ネイキッドというか、今の自分を本当にシンプルに投影しているような5曲を並べました。すべて同時進行ではないんですが、同時期に作った曲たちではあります。『メッセージ』だけは以前から作り続けていた曲で、一部分だけ言い回しを変えました。『僕は今』や『クラスメイト』、『向こう側』『うつろいゆく者たちへ』と揃った時に、ここに入れてもいいなと思って」 ―「クラスメイト」は、MCやインタビューでもたびたび語ってきた「クラスメイトの死」を、初めて楽曲としてテーマにしています。 「ここまではっきりエピソードとして書いたのは初めてですね。自分自身の思い出を描いていきました。ようやくできたっていうのはありますね。年数が経っていないと、思い出が近すぎて書きづらいこともありました。7年経って、少しずつ言葉が出てきたのはありましたね」 ―もっと感情的にもなれるテーマだったと思いますが、軽やかに移り変わっていくシーンに、逆にその時のリアリティを感じました。 「曲調だけ聴くと、明るい曲にも聴こえますよね。生きていくなかで誰しもが経験することだと思うんですけど、そういうことをあまり神妙に歌うことに抵抗もあって。一見重い、誰もが目を逸らせてしまうテーマをどれだけ違うタッチで描けるか、というテーマはあったので、描きたかったものが描けた実感はあります。歌にできて良かったな、と思います。当然ご家族のことも考えるし、自分が何を言えるんだろうというのは常にあったんですよ。言えないことを無理矢理言ってはいけないなと思ったし、自分がその子の死に対して思ったすべてのことを詩にできたというか。当時、同じクラスだった子に聴いてもらったんですが、『なんて言っていいかわからないけど、いい曲だった』と言ってくれて。ずっと触れないようにしていたところもあってので、すごく嬉しかったですね。この曲を聴いて、落ち込むようにはしたくなかったので」 ―「向こう側」は、「僕は今」に近いテーマではありますが、こちらはもう少し内省的というか……。 「『僕は今』と同時進行で進めていたんですけど、とことん暗くしようと思いました(笑)。落ち込む曲にしていい、と思った瞬間に楽になりました。本当にシンプルな嫉妬の歌ですからね(笑)。『僕は今』はもうちょっと先にある感情で、嫉妬してしまうことへの後ろめたさとか、いろんな感情を汲み取りながら書いたんですけど、『向こう側』はもとにある嫉妬心だけで成立させました。悲しみと怒り、何もない自分への悲しみと怒りですね。落ち込んだ時に、落ち込み倒すのもいいんじゃないかと(笑)。けっこう感情的な曲だと思います。それこそ、情けないぐらいに(笑)」 ―アルバム制作時の焦燥感が投影された「うつろいゆく者たちへ」含め、まさに沖ちづるの今が現れたミニアルバムになりましたね。 「素の5曲、等身大の5曲というイメージです。20代、若者として今を生きていて、その素の気持ちを届けたいという思いがあったので、そこをずっと追いかけてできた5曲です。10代の時は大人っぽいと言われることが多くて、そう見られることが嬉しかった自分もいたし、背伸びをしようしようとしていた部分もありました。でも年齢って、歌を歌う側としてはずっとついて回ってくるものだと思います。だからこそ、自分が21歳で何が歌えるんだというのは、ここ1年ですごく考えさせられました。自分自分と向き合えば向き合うほど、精一杯今の私を切り取ろうと思うようになって。わかってほしいみたいな感覚ではないんですけど、自分自身が音楽ですごく救われた部分があるので、同じように行き詰まりを感じている人がいたら、届けられるといいなというか、寄り添う曲であってくれたら嬉しいなと思いますね」 ―これまでは同世代への意識は、それほど強く持っていなかったのですか? 「向き合えているかよりは、向き合おうとしていないのが嫌だったんですよね。どんなことを歌っても私はこの年齢だし、結局、描いていることも若者特有のことが多いと思うんですよね。そういう感情が沸いてきたので、同じ世代に届けないといけないな、という思いに変わってきました」 ―少し吹っ切れた感もあるのでしょうか? 「すっきりしたのはありますね。苦しいのもいいな、と(笑)。ずっと、なんで比べちゃうんだろうとか、どうしても気になっちゃたりとかして、落ち込んだり、羨ましかったり、そういう自分が常にいたと思うんです。でも『僕は今』ができあがってから、そこは吹っ切れましたね。だからこそ、本当に泣きながら書いていたと思うんですけど(笑)。この5曲を作るなかで、もっと自分自身をこうしたい、という思いはより強くでてきたと思います」 インタビュー&テキスト 阿部慎一郎 [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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