2015年5月10日 北沢タウンホール ライブレポート 歌にもたらされた「街と人」の息吹 新境地を予感させた北沢タウンホールワンマンライブ 5月10日。沖ちづるが1st Single「光」のリリースツアー“わたしのこえ”の東京追加公演として、北沢タウンホールでワンマンライブを行った。北沢タウンホールがある下北沢は、昨年の3月に沖ちづるが高校を卒業してからの1年間で、多くの時間を過ごした街。卒業直後に行った初めての弾き語りライブも下北沢の小さなライブハウスでのことだった。それ以来、今回のツアーの幕開けを飾った下北沢440でのワンマンライブなど、沖ちづるは下北沢のライブハウスのステージにたびたび登場してきた。 沖ちづるにとって下北沢の印象的な風景は、「ライブが終わって駅の南口へと急ぐ帰り道、夜になっても若者の喧噪が絶えない商店街の雑踏」だという。約半世紀に渡って、音楽や演劇といった若者文化を底支えしてきた下北沢で、この日、沖ちづるはどんなライブをみせたのか。その模様を伝えたい。 北沢タウンホールは演劇スポットとしてよく知られている。天井までの高さは約12メートル。生音もよく響く会場だ。開演前。雰囲気のある広い舞台の真ん中には、椅子が1脚、歌声とアコースティックギターの音を拾うマイクが2本、椅子と向かい合うようにモニタースピーカーが2台置かれている。緊張感と心地よさが漂う中、開演のブザーがなった。 黒い衣装をまとい、珍しく髪をアップにした沖ちづるが登場。静かに笑顔をみせて椅子に座る。高い天井からピンスポットが沖ちづるだけを照らす。アコースティックギターをつま弾き、「きみのうた」から今宵の第一幕は始まった。 第一幕は「土にさよなら」、「いとまごい」、「まいにち女の子」「母さんと私」「ディズニー・ランドいこうよ」「あたたかな時間」と、聴き馴染みのある曲を中心に進む(「ディズニー・ランドいこうよ」は3月3日の下北沢440で初披露された新曲)。 沖ちづるだけがポツンと座る舞台。高い天井から降りてくる、ほんのりとあかりを灯すような照明が歌に彩りを添える。ストイックに、そして情感豊かに。 「3ヶ月くらい前までは口を開けば、お母さんと喧嘩ばかりしていたけど申し訳なかったなあって……。でも、もう思春期は終わりました」。そんなMCの後に歌われた「母さんと私」は、愛する人との間であっても、どうしようもなく生まれてしまう距離感=疎外感を綴った曲だ。だが、この日の「母さんと私」からは痛々しい感情だけではなく、不思議と優しい雰囲気が伝わってきた。 先日行ったインタビューで「“今の沖ちづる”はどういう存在になっていますか」と尋ねたところ、こんな言葉が返ってきた。「今は、自分ひとりの歌じゃないし、CDじゃないし、ライブでもない。沖ちづるという歌う人間の存在が、自分ひとりのものではなくなってきています」。 心に巣くうもどかしさをぶつけることで精一杯だった沖ちづるは今、他人と感情を共有しようとしている。自分の歌を、みんなの歌として捉えるようになっている。だからこの日の「母さんと私」は、自らの痛みを超えたところにある、皆に等しく共通する愛(憎)の情として深く伝わってきたのだろう。「思春期は終わった」。19歳の沖ちづるの目線は、少女から大人のものに変わろうとしている。 「はなれてごらん」「blue light」をもって第一幕は終了した。 少しの休憩を挟み、「後半はどんどん暗い曲になるから覚悟してください」と苦笑いしながら告げた第二幕がスタート。ここでの衣装はふんわりとした白いワンピースに、白い花をあしらった髪飾り。第一幕とは一転、髪をおろし大人っぽい雰囲気を醸している。 「見晴らしのいい場所に辿りついても、そこでみる景色は素晴らしいものではないかもしれない。でも、覚悟を持って歩き続けるんだ」。沖ちづるが「今の決意を込めた」と言う「景色」が歌われる。6月10日にリリースされるファーストミニアルバムのタイトルトラックだ。第二幕はこのミニアルバムからの曲を中心に進む。性急なメロディラインがドラマチックな「小さな丘」、君のいいところは知っているから、と変わり者を肯定する「わるぐちなんて」。矢継ぎ早に曲を繰り出していく。 MCで、広島県の離島に住み、段ボールハウスや竹で流しソーメンを作っては、一緒に遊んでくれた祖父の思い出を語る沖ちづる。先日、祖父が亡くなる少し前に見舞った際のエピソードを続ける。「おじいちゃんは“バンドはうるさいから嫌いだ”という人だったんですけど、入院中のおじいちゃんに自分のCDを渡しました。“私は音楽をやっています”と。おじいちゃん、“たいしたもんじゃ”って。最後にうたを歌っていることを伝えられてよかった……」。祖父の口癖は「しっかりせえ!」だったという。万感の思いを込めた新曲「広島」から第二幕は佳境へと向かう。 「いつか失うから辞めることもない」という歌詞から、諦観と、その裏腹にある生へのたくましさが伺える「街の灯かり」、性急なメロディラインがドラマチックな「小さな丘」、初披露された「春は何処に」……。 最後に、ライブでずっと歌い続けてきた「光」が放たれる。「光」は、「“私はうたを歌ってるへんな子だ”と悩んでいた自分を救い、認め、“歌い続けてもいいんだ”と決意させてくれた曲」だという。沖ちづるのキーナンバーだ。この1年間、「光」を歌い続けるうちに、この曲に対する意識が、次のように変わってきたとも言う。「『光』を聴いたお客さんにも、素の自分を受け入れていいんだと思ってもらえると嬉しい」。この言葉通り、観客ひとりひとりに語りかけるように歌う姿がとても印象的だった。 そしてアンコール。これまで3回のワンマンライブを行ってきた沖だが、アンコールの拍手に応えるのはこれが初めて。この日のために書き下ろしてきたという「下北沢」が力強く歌われる。 「下北沢」はこの街に行き交う人々の喧噪を描いた群像劇。これまで聴いたどの曲よりも、他者の息吹が活き活きと吹き込まれたナンバーだった。もちろん、これまでの曲にも他者は登場してはいるが、その姿はどこか、沖ちづるの心の風景の一部となっていたように思われる。しかし「下北沢」の登場人物には、より生々しい息使いがあり、沖ちづるとの関係はあくまで対等にみえる。「下北沢」でみせた開放的な人間ドラマは、アーティストとしての新境地を予感させるものだった。「下北沢」を歌い終えた沖ちづるは、晴れやかな笑顔でステージを去った。こうして、ホールでの初ワンマンはフィナーレを迎えた。 沖ちづるはこれからミニアルバム『景色』を携えたリリースツアーに出る。“街を越えて”というタイトルがつけられたこのツアーでは大阪、京都、名古屋を回り、東京のファイナル公演は7月17日に新宿シアターモリエールで、完全生音ライブとして行われる。半径3メートルの心象風景から街へと、歩みを進め出した沖ちづるのこれからに期待したい。 ●セットリスト 1stSingle「光」リリースツアー “わたしのこえ” 東京追加公演 2015年5月10日 北沢タウンホール セットリスト 第一幕 01. きみのうた 02. 土にさよなら 03. いとまごい 04. まいにち女の子 05. 母さんと私 06. ディズニー・ランドいこうよ 07. あたたかな時間 08. はなれてごらん 09. blue light 第二幕 10. 景色 11. 小さな丘 12. わるぐちなんて 13. 広島 14. 街の灯かり 15. 春は何処に 16. 光 En.下北沢 ◎文:山本貴政 [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
|