2015年7月17日 新宿シアターモリエール ライブレポート 演劇的空間でやりきった沖ちづるの完全生音公演 沖ちづるが<1st Mini Album『景色』リリースツアー “街を越えて” 東京生音公演>を、7月17日に演劇の小劇場として知られる新宿シアターモリエールでおこなった。 新宿シアターモリエールは沖ちづるが中学、高校生の頃に放課後の多くを過ごした街、新宿にある老舗の小劇場。ツアーファイナルとなるこの夜は「完全生音公演」と銘打たれていた。これまで声ひとつで観客をひきつけてきた沖ちづるにとって、その真価が問われる覚悟の夜となった。 フロアに足を踏み入れると、その角と奥には大きな三脚やバラされた照明が整然と並べられている。舞台の上にはリビングテーブル、フードのついた小さなランプ、ミニコンポ、アコースティックギターが置かれた椅子が。沖ちづるの部屋という舞台設定だ。舞台の上、向かって左側には椅子が3脚。この特別席に座る観客は、きわめて近い距離から沖ちづるの歌う姿を眺めることとなる。 ライブハウスとは違う風景の中、完全生音公演ということもあってかおしゃべりをする観客はおらず、フロアは緊張ぎみに静まりかえっている。特別なことが始まる予感をはらみながら…… フロアのドアがバタンと閉まり、約2分、深い沈黙。ゆっくりと会場全体が暗転し、暗がりから黒いワンピースを着た沖ちづるが登場。椅子に座り、足下のランプを灯す。オレンジ色の灯かりが沖ちづるをほのかに照らす。 沖ちづるのライブのオープニングを飾ることが多い「きみのうた」でステージは静かに始まった。途中、顔を右に向け、特別席の観客に微笑む。「夜は強くなれるよ」というフレーズが響く。素の自分をさらけだすように、ゆっくり観客との心の距離を縮めていく。ことさら観客の顔を見渡しながら、生声で語りかけるように歌っていく。丁寧に。急がずに。 ギターのボディがわずかな照明を拾い、反射させ、フロアに淡い光がゆらゆらと漂う。沖ちづるの部屋で歌を聴いているような錯覚が会場を包んでいく。 「土にさよなら」「いとまごい」を終え、水を口に含む。ひと呼吸置いて「母さんと私」をアカペラで歌い始める。暗闇から放たれた一本のスポットライトが沖ちづるの顔に光と影のコントラストを色濃くつける。母親=一番身近なところにいる愛すべき人物との間にさえ生まれてしまう壁、疎外感について綴った痛切な曲だが、ここにあるデリケートな心のゆれが、いつにも増して切実に迫ってくる。 救急車のサイレン、車のエンジン音、金曜日の夜を飲み歩く者たちのにぎやかな声……。いつの間にか、耳をすませばシアターモリエールの外の喧噪が遠く聞こえてくる。歌い終え、わずかな間、静止した沖ちづる。その姿はまるで絵画のようだった。 「おじゃまします」とささやいて、特別席の真ん前、舞台の床にそのまま座る。あぐらをかいてギターを抱える。まるでリビングルームにいるように。ほんのりと蒸気した頬。生々しいくらいの距離感にドキリとする。やさしく「あたたかな時間」が歌われる。 よく「歌の世界観に引き込む」という表現が使われるが、ここで目にしたものは、その逆。会場外の喧噪をも含むあらゆる生音、舞台装置、照明効果が一体となり、歌の世界が劇的にフロアへと溢れ出しているのだ。「歌を聴く」のではなく、「歌の中いる」感覚とでもいえばいいか。フィクションと現実との境目を壊すように、劇的な空間が広がりつづける。 この夜、沖ちづるは「ようこそ」とばかりに、とてもおだやかな雰囲気をまとっていたが、自分の居場所に友人を招いたような気持ちだったのだろう。 「みなさん、緊張してませんか? 聴こえてますか?」と話しかけ、ミニコンポのボタンを押してから、沖ちづるはいったん舞台袖に。ミニコンポからはアコースティックギターによる2、3のフレーズと口笛からなる自作のインストのナンバーが流れだした。 スカート部分にラメ模様の入った古着の黒いワンピースに着替えて、沖ちづるが再び登場。首もとには真珠色の大きな玉を7つ連ねたネックレスがゆれている。舞台上にあった、沖ちづるの部屋を連想させる小道具は取り除かれている。場は室内から外に、公園や雑踏へと移ったというわけだ。 後半はミニアルバム『景色』の収録曲を中心に展開していく。まずはタイトルトラック「景色」。辿り着いた景色が素晴らしいものではなくても、進んでいくんだ。そんな覚悟をこめたという曲だという。明るい曲ではないが、沖ちづるは活き活きと歌う。そして、「君の言葉はそれでいいのかい?」と問いかける。明るい世界で楽しく生きられるわけではない現状を受け入れる力が、それでも一歩踏み出だそうとする力が伝わってくる。 「わるぐちなんて」、性急なメロディがドラマチックな「小さな丘」、亡くなった祖父との思い出を綴った「広島」が繰り出される。繁華街の雑踏、笑い声が変わらず、かすかに遠くから聞こえてくる。ブレス、というよりは息切れに近い呼吸音がフレーズの合間に聞こえてきてリアルだ。 そして、寂寥感、諦観、生命力が織りなす『景色』の世界観を象徴する「街の灯かり」に。学校からの帰り道で、仕事を終えた帰り道でひとりつぶやきたくなる人情深い曲だ。 終わりの情感にまどろむ「春は何処に」を挟み、「素の自分を認めてもいいんだ。へんな子だと言われても歌い続けるんだ」と決意させてくれたという代表曲「光」でステージは佳境に。ワンコーラスをアカペラで歌いきってから、アルペジオをつま弾きだす。1本の照明を浴びた沖ちづるのシルエットが舞台後方の壁に大きく投射される。フロアを見渡しながら、大切にしっかりと「自己肯定」のメッセージを伝えていく様は堂々としたものだった。 舞台上を這う青い光の中で、最後の時を綴った「blue light」を歌い、ラストナンバーは、高校を卒業してからの1年間の多くを過ごした下北沢を躍動的な群像劇として描いた「下北沢」。「街を越えて」と冠された今ツアーは、街とそこに集う人達の物語で幕を下ろすというわけだ。 途中で立ち上がり、歌いながら場内をまわる沖ちづる。完全生音公演をやりきった開放感に溢れ、幸福感が会場を満たしていく。「またどこかの街で会いましょう!」。そう高らかに告げて、沖ちづるはフロアを去っていった。 “素の沖ちづる”をさらけ出したこの夜。歌の世界を演劇的空間で表し、演じきったステージだった。1960年代、新宿を中心に若者の心を震わせたカウンターカルチャーの匂いをも感じさせるステージだった。沖ちづるは挑戦的な完全生音公演を経て、これからどのような新しい表現をみせてくれるのだろうか。 なお、この夜、9月19日に北沢タウンホールのファイナル公演を収録したファーストDVD『わたしのこえ』のリリースと、それに伴う東名阪ツアー「きみをおもう」の開催が発表された。 ■セットリスト 1st Mini Album『景色』リリースツアー “街を越えて” ツアーファイナル東京生音公演 2015年7月17日 新宿シアターモリエール セットリスト 01. きみのうた 02. 土にさよなら 03. いとまごい 04. 母さんと私 05. あたたかな時間 06. はなれてごらん 07. 景色 08. わるぐちなんて 09. 小さな丘 10. 広島 11. 街の灯かり 12. 春は何処に 13. 光 14. blue light 15. 下北沢 ◎文:山本貴政 [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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