沖ちづる「歌語り」インタビュー 7月30日『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』開催 演劇と歌からなる『歌語り』で大きな物語を描く 沖ちづる 「二十歳のあなたへ」は、出口の見えない悩みに苛立ち、もがいていた13歳の沖ちづるが二十歳の自分に向けて書いた同名の手紙を元にした歌だ。その手紙には「誰もわかってくれない」というもどかしさや、「本当は素直になりないのに、ありがとうもごめんなさいも言えない」という自己嫌悪など、13歳のリアルな心のうちが勢いにまかせて綴られている。二十歳になった沖ちづるは飾ることなく、13歳の頃の感情を歌にした。 2016年3月。シングル「旅立ち」の東名阪リリースツアー『新しい日々』で、沖ちづるは「二十歳のあなたへ」を軸にした、朗読と歌からなる挑戦的なステージをみせた。現在、オフィシャルサイトには『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』と名付けられた約30分のスタジオムービーが公開されている。 今、沖ちづるは、3月の「朗読+歌」をより発展させた、演劇と歌からなる『歌語り』のスタイルで、大きな物語を描こうとしている。 7月30日に渋谷duo MUIC EXCHANGEでおこなわれる『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』ではその全貌があきらかになるわけだが、リハーサルが繰り返されている6月某日、沖ちづるに話を聞いた。「二十歳のあなたへ」の誕生から『歌語り』に至ったわけ、ストーリーテラーとして挑もうとしている新たな表現法とはどういったものなのだろうか。 ◎13歳と二十歳の私。「二十歳のあなたへ」が生まれるまで 家族に怒ってばかりで、母親とは口をひらけば喧嘩ばかりしていたという13歳の沖ちづる。周囲とうまくやれない苛立ちのはけ口を見つけられず、家族にぶつかるしかなかったという。引き出しのなかから「たまたま」見つけた13歳の自分が書いた手紙は、沖ちづるに何をもたらしたのだろうか……。 ——まず「二十歳のあなたへ」という曲を作ろうと思ったきっかけを教えてもらえますか。 沖ちづる(以下、沖) 去年、二十歳になるちょっと前に引き出しを整理していたら、たまたま13歳の頃の私が二十歳の私に向けて書いた「二十歳のあなたへ」という手紙を見つけたんです。読んでみると、「親がどうした」とか「友達がどうした」とか、今だったらわがままになるから黙っておこうって、誤摩化してしまいそうな感情が勢いにまかせて書かれていて。正直、その手紙のことは忘れていたんですけど、あの頃の記憶が鮮明に甦ってきました。やっぱり、二十歳の私が読んだ以上、何かしら形にしないといけないなって思って。 ——今度は二十歳の沖さんからの返信というわけですね。そこでどんなふうに曲に仕立てていこうと考えたんですか? 沖 始めは二十歳の私から13歳の私に向けた曲にしようと試行錯誤したんです。でも、あの頃の感情を忘れたくなかったから、13歳のリアルな私の気持ちが詰まった手紙の中身を、ほとんどそのまま曲にすることにしました。今の私の解釈は必要ないなって思えたんです。 ——あらためて手紙を読んで振り返ってみて、13歳の頃にあった、とくに強い気持ちはどんなものでしたか? 沖 家族に帯する感情ですね。わからないことばっかりだったので、周りのことや友達とうまくいかないのも、すべて親のせいにしてぶつかっていたんです。とくに母親とは口を開けば喧嘩ばかり。「何で私を生んだの?」。「こんな苦しい思いをしてるのに何で助けてくれないの」とか、自分勝手に思ったりしていて。それに、遠回しに言い過ぎて、友達に言いたいことをうまく伝えられないタイプだったので、そのストレスも家族にぶつけたりしていて。 本当は喧嘩をするのはイヤだし、「なんて自分は心が狭いんだろう」って自己嫌悪していたんです。でも、次の日にはまた親とぶつかってしまって。「私はどうしようもない人間だ」と、毎晩のように泣いてましたね。 ——苛立ちをぶつけるはけ口が両親しかなかったと。 沖 そうですね。きっとどこかには、頼りたくない、子ども扱いしてほしくないっていう感情もあったと思います。でも、自分の性格や、どこが長所で短所なのかもわからなくて。そのうちに「あの子は自分勝手だ」という印象が強くつきすぎていって、そこから抜け出せずに、ずっと反抗していたんです。 ——そこで手紙を書いたと……。 沖 本当は変わりたいけど変われない。でも、そんな悩みは恥ずかしくて家族にも友達にも言えたもんじゃない。 だから、衝動的に感情を手紙にバーッと書いたんだと思います。 ——手紙は何で二十歳の沖さんに向けたものだったんでしょう? 沖 二十歳は大人になる年の象徴ですけど、「大人になった私はどう生きていますか?」というのが、すごく気になっていたんでしょうね。 ——どういう大人になりたかったんですか? 沖 承認欲求がすごく強かったので、恥ずかしいけど、本当は歌手や女優さんに憧れていて、人前に立って見られたいという気持ちが小さい頃から強かったんです。その気持ちを誰かに言うと馬鹿にされそうだから黙っていたんですけど、手紙にはそんな憧れも書いてありました。 ——曲になった「二十歳のあなたへ」では悩んでいた13歳の沖さんと、歌う場を手にした二十歳の沖さん、そんなふたりの沖さんが時を経て交差していますね。 沖 この手紙で、歌手になりたいっていう夢を思い出せました。誰にも言えなかったけど、本音では思っていたことをいろんな人との出会いがあって今、実現できているのはすごく嬉しいことだなって。自信がなくてマイナス思考ばかりの時期だったけど、壁にぶつかるたびに「どうしたら変われるんだろう」とひとつひとつ考えて、悩んだからこそ、前に進めて今、こうやって好きな歌を歌っていられるんだと思います。だからこそ、13歳の頃の気持ちをそのまま歌いたかったんです。 13歳の私をどうにかしてあげることはできないけど、今、中学生や高校生で同じように悩んでいる人がいるとしたら、そういう人に寄り添える曲になれるといいなって思います。 ◎2016年3月。「朗読と歌」で新境地をみせる 東名阪ツアー『新しい日々』のステージは、いきなりの朗読から始まった。ステージ向かって右側では、13歳に扮する沖ちづるが椅子に座り心情を張りつめた顔つきで語り、歌う。ステージ向かって左側では、二十歳の沖ちづるが13歳の自分にいつくしむように、応え、歌っていた。会場は緊張感に包まれ、観客は息を飲んで沖ちづるの物語に引き込まれていった。 ——去年は弾き語りでやってきた沖さんですが、今年3月の東名阪ツアー『新しい日々』では「二十歳のあなたへ」を軸にした、朗読と歌からなるステージに挑戦しました。そもそも朗読を織り交ぜたスタイルに至ったのには、どういう理由があったんですか? 沖 「二十歳のあなたへ」ができた時、この曲に詰まっている過去からのメッセージをより広く伝えられる表現を考えたんです。それに、弾き語りとは違う、自分の歌だからこそ表現できるライブをやってみたいなと。そこで、13歳の頃に女優さんにも憧れていたこともあるし、朗読を含めて表現する物語を作ってみようと。演劇的な要素を交えたライブショーにすることで、どの曲もわかりやすく伝えられるといいなと思って。 ——3月の東京公演を観ましたけど、予告もなくいきなり朗読からステージが始まったので、ちょっと驚きました。「13歳のパート」と「二十歳のパート」に分かれて、交互に朗読を交えながら、ひとつの物語に組み上げていきましたね。 沖 「語り」と「歌」で、13歳と二十歳の私が繋がっていくのを描きたかったんです。過去の私を思い起こしながら朗読の台詞を書いて、今と過去をどういう繰り返しでみせればいいのかと考えて構成しましたね。 ——13歳と二十歳のパートごとに立ち位置を変えるなどの工夫もこらされていました。 沖 シンプルなセットだったので、お客さんがわかりやすいように、立ち位置に変化をつけたんです。 ——朗読の台詞を書くのは難しかったんじゃないですか? 曲を説明しすぎてもダメだし。 沖 台詞の量はそれぞれいいあんばいを探る試行錯誤がありましたけど、言葉自体は自分の過ごしてきた時間のことなので、悩むことはなかったですね。 ——実験的なステージではありましたが、手応えはあったみたいですね。 沖 ツアーの最終日が終わった時は、本当にやってよかったと思いました。演劇風なステージに曲を落とし込んでいくことで伝わり方がまったく違うんですよね。すべての朗読と曲が繋がっているので、ちょっとした失敗もできない緊張感もあるし。「ああ、こういう見せ方ができるんだ」って、すごく達成感がありました。 ——もともと沖さんの曲は物語性が強いし、それぞれの根っこが「沖さん自信の物語」として繋がっているので、全体をひとつの劇としてコンセプチュアルに見せられる演出だと、より沖さんの世界観が伝わりますよね。 沖 曲を書き始めた頃は伝わりにくい歌詞がちょっと多かったんですけど、ああいうひとつの物語のなかに入れることで、わかりやすくなったと思います。 ——初期の曲というと、よくMCで「終わりの時の歌です」と言ってから歌っていた「blue light」のドラマチックな情感などは、何の説明がなくても、すごく引き立って響いてきました。 沖 ありがとうございます(笑)。ただ歌を聴いてもらうだけなのとは違って、そういう感覚になってもらえるのも面白いなって。 ——大きな物語のなかで、それぞれの曲のメッセージが大事なピースとなって繋がっているのがわかりました。3月のライブは達成感があったということですが、終わった直後に、このスタイルをどう発展させていこうと思いましたか。 沖 どんな要素でも足せるし、広げようと思えばいくらでも広げられる。何でもできそうだと。だから、アイディアがいろいろ浮かんできて。7月30日の『歌語り』(『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』)では、演劇と歌でひとつの物語を作って、どの世代の人が観ても、物語のなかに入り込みやすいものにするつもりです。 ◎スタジオムービー「二十歳のあなたへ」 3月にみせた朗読と歌からなるライブショーは、スタジオムービー『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』という映像作品で再現された。芝居小屋で撮影されたこの映像作品は、表現の幅を自由に広げようとする沖ちづるからの挨拶状のようなおもむきがある。7月30日におこなわれる『歌語り』によるライブショーの話を聞く前に、このスタジオムービーについても触れてみたい。 ——スタジオムービーの『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』は、一幕ものの舞台のような、映画のような約30分の映像作品でしたね。 沖 そうですね。このスタジオムービーは3月のライブショーをもとにした映像作品です。13歳と二十歳の私の表情の違いがわかるように撮ってもらいました。違う時を生きている同じ人間を演じるので、表情の変化を、より感じさせないとダメだって思ったんです。 ——7月の『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』に向けての、いい予習というか、デモンストレーションにもなっているようですが。 沖 いきなり朗読を取り入れたライブショーをやって、戸惑っている人がいるかもしれないので、「こういうことをやり始めているんだな」と想像してもらえるきっかけになればいいと思っています。 ——撮影現場ではどういったふうに作っていったんですか? 沖 13歳のパートと二十歳のパートの映像が交互に進んでいくんですけど、まず13歳のパートを撮って、その後で二十歳のパートに移りました。13歳のパートはとくに感情的になる必要があったし、すごく緊張感があるパートなので、始めから終わりまで一気に撮影したんです。 ——13歳のパートでは、語りが終わった後、静かに曲を口ずさんでいます。ギターも持たず、独唱で。 沖 不思議な感覚ですよね。歌単体ではなく、演劇のなかに歌が入っているイメージです。 ——女優にも憧れていたということですが、演じるのは楽しいんじゃないですか? 沖 ははは(笑)。とにかく自分の曲が物語になっていくのが一番嬉しいですね。私が曲で描いているのは、いろんな人の暮らしに何気なく落ちているものや、そこにある感情なので、それが演劇と一緒になっていくのは楽しいっていうか。未来の話をしたらどんどん膨らんでいくんですけど、ゆくゆくは自分の物語を軸にしつつ、いろんな主人公の物語を表現していけるといいなって。 ——スタジオムービーはモノクロの映像ですが、沖さんの好みですか? 沖 そうですね。始めはカラーだったんですよ。でも、モノクロの映像をみて、そっちの方がカッコいいなと思って。いきなりモノクロの映像で始まるとインパクトがありますよね。 ——13歳のパートは古風な女学生のような出立ちですね。実際の中学時代の沖さんに近い雰囲気なんですか? 沖 そうですね。眼鏡をかけて、猫背で、ちょっと野暮ったくて。そんな中学生でした(笑)。 ◎自分の目指していることは恥ずかしいことじゃない。 演劇+歌でみせる『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』に込めるメッセージとは? 「朗読+歌」によるライブショーをステッピングボードにした沖ちづるは今、「演劇+歌」という表現スタイルに挑もうとしている。若手随一のストーリーテラーと目される沖ちづるは、何を見据えてこのようなスタイルを模索し、『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』で何を伝えようとしてるのか。 ——7月30日のはどういったステージになりますか? 3月のライブショーやスタジオムービーとは違うものになるんですよね。 沖 はい。朗読と歌の繰り返しではなく、今回は演劇と歌が融合した空間にしたいと思っています。もっと物語性を広げたものを観てもらいたいので。 ——脚本も沖さんが書き進めているんですよね。 沖 そうですね。今回のテーマは二十歳になるまでの10代を私がどう過ごしてきたか。10代の私を切り取ったものです。今の自分になってゆくまでを、芝居を観ているのか、ライブを観ているのかわからない、ノンフィクションとフィクションが混ざるギリギリの感じで表現しようと思っています。 ——より芝居的な発声や身体の使い方も大事になりますね。その練習もしてますか? 沖 はい。舞台も客席も大きいので「遠くにいる人に向かってこういう動きをしないといけない」とか考えて練習をしています。やってて楽しいですね。 ——シングルの「旅立ち」に収録されている「タイガーリリー」のモデルは『ピーターパン』の登場人物。沖さんが幼稚園での劇で演じた役だと聞いています。舞台で演技をするのは、それ以来ですか? 沖 いや、実は高校時代に演劇経験のない同級生を集めて、劇団を作ったことがありまして。自分が脚本を書いて、公演したんです。あと、映像作品に役者として参加させてもらう機会もあったり。今回は自分自身を演じることになるんですけど、自分のことだから余計に感情移入しやすいですね。 ——やっぱり、もともと演じるのが好きなんですね。 沖 何でも表現するのが好きなんです。小さい頃からずっと、どうしたら自分をもっと伝えられるのかを考えてきたので。今は、歌が自分の見つけた道であり、伝えられなかった気持ちを曲に描いて歌っているんですけど、演劇を取り入れることで、もっと表現の幅が広がるんじゃないかと思っているんです。 ——『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』は、中学生は入場無料、高校生には割引がありますが、10代半ばの人たちにも観てもらいたいですよね。 沖 そうですね。10代の頃は、やっぱり自分の本音がわからなくなってしまう時があると思うんです。私のように周囲に壁を作ってしまったりして……。そういう人にとって「二十歳のあなたへ」が、「自分の感情を代弁してくれると歌だ」と思ってもらえたら嬉しいです。救われた気持ちになったり、「好きなことをやっていいんだ」って思ってくれたり。 ——ひとりで苦しむことはない。もっと自分を認めてもいいと。 沖 「自分の目指していることや、感じていることは恥ずかしいことじゃないんだよ」って伝わるといいなって。私は決して特別な10代を過ごしたわけではないし、10代だからこその悩みから生まれた曲が多いので、7月の『歌語り』では演劇を織り交ぜて、10代の人にもメッセージがよりわかりやすく届けばいいなという思いがあります。 ——沖さんにとってひと回り下にあたる今の10代半ば世代は、どんな風にみえますか? 沖 うーん……。人それぞれだと思いますけど、クラスにひとりは、私みたいに内心で思っていることは見せないけど、実はひねくれたことばかり考えていて、反抗することでしか自分の存在を確かめられない子っていると思うんです。 それは自分が経験してきたことだからわかるんです。あの時はすべてに腹を立ててました。だから、あの頃の私にとっては自分の気持ちを代弁してくれるものが必要で、それが音楽だったんです。そういう音楽に出会えてからは、すがるように毎日聴いていました。 ——ヘヴィな状況にこんがらがる時期でもありますが、『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』の方向性は、シリアスなだけではなく…… 沖 見終わった時に、前向きな気持ちになって欲しいので、希望や、私が10代の頃にすがっていた「光みたいなもの」を、どこかで感じてもらえればいいという気持ちが強いですね。 ——『歌語り』のスタイルは、沖さんの表現法にとって武器になりそうですね。で、「二十歳のあなたへ」は『歌語り』におけるレパートリーのひとつになると。沖さんにとって「歌語り」は今後、どういった存在になっていきそうですか? 沖 自分のなかでのひとつのライブのジャンルになるといいなと。歌だけのライブもやるし、『歌語り』の日もあるっていう。『歌語り』はいつでもやれる形ではないですけど、今の自分としては、どんな世代の人でも共感できるものを作っていきたい。今回、7月に演劇の力を借りて挑戦してみて、それが終わってから見えてくるものがあると思っています。 テレビ出演で「二十歳のあなたへ」を披露したのをきっかけに、10代のリスナーから「私の歌だ」という共感が静かに広まっているという。沖ちづるは今、10代の心によりそいながら、同時に、広い世代へ伝わる大きな物語を描こうとしている。7月30日の『沖ちづる 歌語り“二十歳のあなたへ”』は、沖ちづるのこれからを占うターニングポイントになりそうだ。 取材・文=山本貴政 写真・ライブ、MVメイキング=川崎龍弥 屋外写真=SUSIE [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. 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