2016年9月16日 六本木VARIT.ライブレポート “変わりたい、変われない”自分をさらけだした夜 2016年9月16日。この秋初めてとなる沖ちづるのワンマンライブが六本木Varit.で行われた。この夜のライブは『秋の調べ』と名づけられ、2公演で構成されていた。 沖ちづるは7月に開いた前回のワンマンライブ『歌語り“二十歳のあなたへ』で、「歌語り」という実験的な表現に挑戦していた。「歌語り」とは、沖ちづるが演じるひとり芝居、つまり演劇と歌を織り交ぜたスタイルのライブだ。この時は、十三歳の沖ちづるが二十歳の自分へ向けて綴った「二十歳のあなたへ」という手紙(と、同名の曲)をモチーフに、十三歳から今までの自分の成長を描き、演じたステージとなった。 今回の『秋の調べ』は今春以来となる歌のみのワンマンステージ。「歌語り」という実験と挑戦を経て、歌一本のステージにはどのような進化の兆しが見られたのだろうか。 ◎やさしい距離感 第1部は「きみのうた」「はなれてごらん」「まいにち女の子」「blue light」といった初期の曲がレパートリーに加わっていた。高校を卒業して、18歳で本格的に弾き語りを始めた沖ちづる。その頃は「毎日がバイトとライブハウスの往復だった」という。コンプレックスの多い自分に自信をつけるために、とにかくライブをやりまくっていた日々にあった「原石」のような歌だ。 この夜はこれら初期の曲への向かい方が違って見えた。「二十歳のあなたへ」で、少女時代にさいなまれた自己嫌悪を赤裸々にさらけ出した後だけに、初期の曲に対して“優しい距離感”のようなものが生まれたのだろうか。どこか、過去の自分を優しく見つめる目線ともいうべきものが感じられた。 沖ちづるは「二十歳のあなたへ」で十三歳の自分を認めた。そして「歌語り」で、自分自身を“物語に登場するひとり”として扱った。表現者として、いち個人として、過去の自分との距離感が上手く取れるようになったということかもしれない。 第1部は2ndシングル「景色」に収録された「小さな丘」「景色」、今年に入ってからのライブでよく披露される「誰も知らない」「クラスメイト」、新曲の「向こう側」「僕は今」を挟み、“今の沖ちづる”になるために欠かせないキーナンバー「下北沢」「光」「二十歳のあなたへ」で締められた。 初期のナンバーを多く披露したことで、十三歳の自分のこんがらがった感情をそのまま歌にした「二十歳のあなたへ」が、沖ちづるのターニングポイントとなっていることがより伝わってきたステージだった。 ◎拭えない喪失感と前に進む力 第2部は「二十歳のあなたへ」から始まり、比較的新しい曲を中心に進んでいく。 普段のライブでは白系のワンピースやドレスシャツが多い沖ちづるだが、ここでは打って変わって黒のミニスカート丈のワンピースに、黒いブーツ、黒いスカーフといういでたちで登場。まだまだ先に進もう、変わっていこうという意識があらわれているようだった。 朝露が光る森のみずみずしさのなか“自分だけの通り道”を見つける「朝の光」、ピーターパンに登場するタイガーリリーに自分を重ね合わせた「タイガーリリー」、ちょっぴり無頼な香りのする「メッセージ」、沖ちづるが出演する映画『くも漫。』の主題歌として書き下ろされた「誰も知らない」、別れの情景を美しくも痛切に描いた「高架下の二人」と演奏は進んでいく。 「高架下の二人」でも顕著だが、沖ちづるの歌にはぬぐえない喪失感、諦め、寂寥観がある。そこにはストイックな美学が漂っている。同時に“だからこそ”前に進めるんだ/進むんだという意気がある。 第1部で演奏された「景色」の「このさきまつのは やさしい場所ではない」というフレーズ、第2部で演奏された「街の灯かり」の「いつか終わるから嘆くこともないよ いつか失うから辞めることもない」といったフレーズからも、その切羽詰まった情感はヒリヒリと漂っている。 そして、この“終わりから始まる”しぶとさは、「旅立ち」での、前に進んでいく生命力とガッツにつながっている。 ◎夢の痛みを抱えた旅人の歌 第1部同様に、第2部の中盤を過ぎたあたりで新曲が2曲披露された。まずは「向こう側」。舞台は駅から離れたところにある赤い扉の喫茶店。雪がふりそうなある日、懐かしい友人たちが集まってくる。だが、主人公にとって友人たちの話題や笑い声は居心地の悪いものだった。私には何もないな……。賑やかな席と対照的に、外れ者になってしまう者の侘しさがとつとつと綴られる。世間に馴染めない者のエレジーに満ちた曲だった。 続いての新曲は「僕は今」。夢を追うことの痛み、逃げ場のなさ、それでも夢を引き受ける覚悟が歌われる。登場するのは夢を叶えた(かのような)主人公と、夢を探す友達、自らの夢を主人公に託した父親。彼らを通して描かれる“夢と人生”、そこにひそむ変わらない/変われない生活がチクリと胸を刺す。 夢を追う者の孤独、寄る辺のなさが根底に流れるこの2曲はいずれも、沖ちづる本人のことのようでもあり、フィクションのようでもある。その境目が曖昧になったことで、より“みんなの歌”としての強さが増しているように聴こえた。私以外の人物を丹念に描写することで、物語に膨らみが出てきたのだろう。 ステージは「街の灯かり」、中学時代に亡くなった同級生のことを歌った「クラスメイト」、高校を卒業してからの沖ちづるの生活の一部となった街、下北沢の喧騒を描いた「下北沢」と続く。 クライマックスは、本格的に弾き語りを始めてからずっと大切に歌い続けてきた「光」へ。「光」は同級生から「歌っているへんな子」と言われ、コンプレックスを抱いていた高校時代に、自分を認め、歌い続ける決意を固めさせてくれたナンバー。沖ちづるの表現の核に座している曲だ。 ラストは「旅立ち」。大きなものには巻かれないホーボーソング的旅人のスピリットに満ちた曲を高らかに歌い上げ、『秋の調べ』は幕を閉じた。 沖ちづるは今、子供の頃からの夢だった“歌い手”の入り口に立っている。おそらく、うまくいかないこと全てに“変わりたい、変われない”と体ごとぶつかっては苦しんでいた十三歳の頃のもどかしさは、今も同じなのだろう。 ただ、これまでもなんとかしてきた経験が勇気となり、沖ちづるをちょっと大人にしたようだ。 夢は明るく爽やかなものばかりではない。先の見えないどん詰まりでも夢の種は芽吹く日を待っている。つきまとう痛みと悲しみを養分にしながら。 この夜、沖ちづるは歌唱、ギターの演奏を少し変えていた。次のステージに向かうため、何かを変えようとするかのようだった。 文=山本貴政 ■セットリスト 秋の調べ [第1部] 01. きみのうた 02. はなれてごらん 03. まいにち女の子 04. 小さな丘 05. 景色 06. blue light 07. 誰も知らない 08. 向こう側 09. 僕は今 10. クラスメイト 11. 下北沢 12. 光 13. 二十歳のあなたへ [第2部] 01. 二十歳のあなたへ 02. 朝の光 03. タイガーリリー 04. メッセージ 05. 誰も知らない 06. 高架下の二人 07. 向こう側 08. 僕は今 09. 街の灯かり 10. クラスメイト 11. 下北沢 12. 光 13. 旅立ち [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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