2017年 3月1日 六本木Varit. ライブレポート SONGS OF YESTERDAY 「歌語り」超えた二十歳の次に広がる「これから」 2016年はひとり芝居と歌を融合させた舞台『歌語り』という新しい表現に挑戦した沖ちづる。十三歳の沖ちづるが二十歳の沖ちづるに向けて綴った手紙をもとにした「二十歳のあなたへ」が『歌語り』のキーナンバーとなっていたが、その節目ともいうべき二十歳という1年を終えた沖ちづるは2017年、どこへ向かうのか。 3月17日、六本木Varit.で行われたイベント「SONGS OF YESTERDAY」に登場した沖ちづるは、これまでとは少し違って見えた。 ◎僕らが旅する物語 転換中の薄暗がりのフロア。舞台袖からそっと浮かび上がるように、沖ちづるは現れた。ヨーロピアンテイストのエレガントなワンピースをまとっている。静寂が包むなか、ゆっくりとアコースティックギターをかけ、ハーモニカホルダーをセット。まるで昔みた映画のワンシーンのような「物語的雰囲気」をたたえてステージが始まった。 1曲目は「旅立ち」。人生を旅するすべての者に、そして「歌手になる」という夢に向けて暗がりのなかを歩んできた自身にも向けているであろう曲だ。このには、放浪の旅を続けながら自由を求めた1950年代アメリカのホーボー文化のスピリットに通じる矜持がある。 ハーモニカのせつなくも凛々しい音色で締められた「旅立ち」の余韻が冷めぬなか、次は、中学時代に亡くなった友人のことを歌った「クラスメイト」に。 「クラスメイト」には2つの時間軸が流れている。唐突に訪れた悲しみを悲しみとも受け止めきれなかった「あの時」と、「やあ、そっちはどうだい? 僕らは大人になったよ」と語りかける温かみに似た「今」と。その上で、時が経っても埋まらぬぽっかりとした心の穴が、軽やかなメロディとの濃いコントラストであからさまにされる。 沖ちづるは時おり、微笑んだり、軽く首をふったりと演じるようなしぐさを織り交ぜて、たんたんと深く「あるクラスメイトのこと」を歌っていった。 ◎物語を演じるように歌う 遠く離れたところにいる相棒、と呼びたくなる友に思いを馳せたくなる「メッセージ」、沖ちづるも主人公の妹役で出演した映画『くも漫。』の主題歌「誰も知らない」、その挿入歌のインストゥルメンタル曲に歌詞をつけた「旅に出るなら」、「うつろいゆく者たちへ」とステージは進む。 いずれも夢と「ここではないどこか」を追い求める人生のワンシーンを描いた、深い物語性をたたえた曲だ。その覚悟と孤独が、ときにもろく揺れる心模様とともに綴られている。 先述したように、沖ちづるは昨年、ひとり芝居と歌を融合させた舞台『歌語り』を行った。それはストーリーテラーとして物語性の高い曲を作ってきた沖ちづるが表現の幅を広げた舞台だった。 そこでは、十三歳の沖ちづるが二十歳になるまでの成長を、自ら演じてみせた。「歌手になりたいという夢は叶っていますか?」「優しくて強い大人になっていますか?」。成長痛ともいうべき痛みを抱えながら、夢へと歩む思春期を演じて見せた。 そしてこの夜は、ちょっとした間、しぐさ、表情、声の強弱をうまく生かして、曲にある物語を語り聞かせるように歌っていた。あるいは、物語を演じるように歌っていた。沖ちづるの物語は、歌は、言葉ひとつまでしっかりとフロアに響いていた。「歌語り」で挑んだ表現法は、しっかりとライブに生かされているようだ。 ◎二十歳という楔の1年を超えて この日のステージは「向こう側」「僕は今」という2ndアルバム『僕は今』のキーとなる2曲で締めくくられた。 「向こう側」では、たあいもない友人たちとの会話から感じてしまう「世間との噛み合わなさ」を丹念に心情描写。歳をひとつ重ねるごとに生まれていく周囲との距離感が描かれており、沖ちづる独特の美しい寂寥の情感がただよっている。 一転、そのもの悲しさを振り切るような「僕は今」では、夢を引き受けることの痛みと覚悟を歌っている。歌詞に登場するのは、夢がないと嘆く友と、自分を育てるために夢を捨てた父。彼らの人生をも背負うかのように、沖ちづるは歌う。夢を引き受けた先にある景色が見晴らしのいいものではないかもしれないけど、それでも進もうと。 沖ちづるの歌は寂寥や痛みの情も濃いが、この夜はいい具合にふっと自分を突き放して、歌の物語に体を預けているように見えた。そこには自分の都合を超えたような、軽やかな強さがあった。「さあ、旅を続けよう」と呼びかける、みんなの物語として歌が伝わってきた。 二十歳の先にある場所。自己嫌悪にまみれた十三歳のとき、沖ちづるは二十歳の自分にやりきれなさを託すように手紙を書いた。十三歳のとき、初めてギターを手にして歌を作った。沖ちづるにとって「二十歳という1年」は過去から打ち込まれた楔だったように思える。 その超えなければならない1年を終えた今、「これから」が目の前に広がったからなのか、この夜の沖ちづるはちょっと自由なように見えた。 沖ちづるは3月31日と4月28日に、六本木Varit.で『僕は今』のリリース記念ライブを行う。3月公演は弾き語りで。4月公演では、2015年12月に赤坂BLITZで行ったワンマンライブ以来となるバンド編成での演奏も見せるという。 ■セットリスト SONGS OF YESTERDAY 01. 旅立ち 02. クラスメイト 03. メッセージ 04. 誰も知らない 05. 旅に出るなら 06. うつろいゆく者たちへ 07. 向こう側 08. 僕は今 文=山本貴政 写真=酒井麻衣 [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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