『景色』ライナーノーツ 沖ちづるは弱冠19歳のシンガー・ソングライターだ。アコースティック・ギターを抱え、固い蕾のような硬質な、だが耳を惹きつけずにはいられない魅力的な声で、日常の中にゆらめき紡ぎ出される繊細な景色や感情を歌う。 「私は音楽家とかミュージシャンっていうより、歌という手段を使って言葉を伝えたいんです。思うことを人に伝えたい時、友達同士の会話だと形には残らないけど、音楽なら気持ちを日記みたいに残していける。詩や小説だと開いて読まないと入ってこないですけど、音楽はいつのまにか入ってきて、何気なく聴いて心が動かされたりする。自分のダサい部分やいやらしい部分、優しい気持ちになった瞬間とか、いろんな側面を自然に伝えることができる」 中学高校と女子校だったという沖は、周りに馴染めず、自分の世界を守りたくて、土足で踏み込んでくるような同級生たちに対して壁を作っていた。それが音楽をやることで溶解していったという。 「音楽を好きになって、歌うことに夢中になるにつれ、自分を表現するやり方がわかるようになって、友達への苛立ちがなくなってきた。人に対して優しくなれた。音楽で自分に自信がついたのかな、と思う。だから今は音楽でいろんなことを伝えていきたい」 沖の歌は99%が自分の実体験に基づいている。それも周囲の人たちーー母親だったり、友達だったりーーとの人間関係、距離感やズレを歌った曲が多い。アーティストは自分自身の個人的な体験や感情を歌っても、思いが聴き手に共有される。「これは私の歌だ」と思わせる。それが優れた歌の条件のひとつだ。沖の作る歌にはそれがある。 「自分の歌に出てくるのは全員好きな人たちばかり。みんなと仲良くしたいんだけど、なかなかうまく行かないことが多くて。なぜ仲良くできないんだろう、なぜ言いたいことが言えないんだろう、って。そういう気持ちを歌っている。だから同じようなことで悩んでいる人に、なぜうまくいかないのか、どうすれば優しい気持ちになれるか、そんなことを考えるきっかけになればいいと思う」 実生活ではなかなかうまく思いを伝えられなくても、言葉にして、歌にすることで気持ちが整理できる。自分の気持ちを対象化して作品として昇華できる、という。 「喋りが得意だったら、今みたいなことはやってないかも(笑)。人と喋ってても、思うように言えなくて。そういう時は何かが心の中で動いているので、文字に起こして初めて自分の気持ちに気づくんです」 自分の気持ちがわからない。うまく言葉にできずに堂々巡りする。そんな経験は誰でもあるだろう。沖の書いた歌詞が彼女の声から放たれると、人はそれぞれ自分自身をそこに重ね合わせて思いを馳せることができる。彼女の歌で自分の素直な感情に気づいて、優しい気持ちになれるのだ。 ファースト・シングル"光"同様、今回のミニ・アルバム『景色』もまた、彼女が日常の中で見た景色や出会った出来事や気づいた感情について歌っている。1曲目の"景色"は、「おわりがくる」「ひかりはないだろう」「きみとさよなら」と、のっけからネガティヴともとられかねない言葉が並び、否定形の表現で締められる。 「これは<覚悟>の歌なんです。自分は何のために歌ってるのか。どんな世界であれ、楽なだけの天国みたいな場所なんてない。苦しみや悲しみはずっとつきまとう。だからって悲観的になるんじゃなくて、それを覚悟して受け入れよう、と。苦しみとこれからも付き合っていこうじゃないか、という歌です。"光”は優しく手を差し伸べて抱きしめてあげる、という歌だったけど、そこから前に進まなきゃいけない。そこで背中を押してあげる歌なんです。私も押されないと進めないタイプなんで、自分自身の背中を押そうと」 だが、輝かしい未来しかないはずの19歳がなぜ「この先苦しみや悲しみはずっとつきまとう」などと考えるのだろうか。その鍵は終曲の"街の灯かり"にあった。この曲は、中学三年の時、同級生が闘病に末亡くなった経験を下敷きにしている。 「あっ、人って死ぬんだ、私も死ぬんだと思って。どのタイミングがわからないけど、誰でもいつかは死ぬ。それがすごくショック、恐怖で。初めは暗い気持ちになって。みんな腫れ物に触るように、なかったことのように振る舞って、言葉にもしない。それにすごく違和感を感じたんです。なかったことにして、キレイな思い出みたいなものにしていいのかなと思って。<いつか死ぬなら、どうすればいいんだろう>って考えるきっかけを、その子に与えてもらったんだと思う。自分がショックだったことや、怖いと思った気持ちも忘れないように、これからちゃんと生きていきたいと思うようになった。その時からずっと、生きる、生きたい、生きよう、と思うようになった。いつ死ぬかわからないけど、自分は生きよう、と」 中三で人生の終わりを見せられた経験。望んでも望まなくても、苦しんでも悲しんでも嘆いても、いつか人生は終わる。だからこそ、精一杯生きる。自分から辞めることはしない。何も考えていなかった19歳の頃の自分を考えると、そんな一種の諦念と決意と覚悟を歌う彼女の姿はとても大人びて見えた。 とはいえ、19歳。まだ人生の機微を知るのはこれからだ。ファースト・シングル「光」収録の"母さんと私”では「母さん いま私 好きな人がいるの」と歌われる。だがその「好きな人」のことは、「光」でも『景色』でも歌われない。 「まだ子供なんで(笑)、好きな人に対する恋愛感情がうまく表せないんです。恋愛も含め、これからいろんなことを経験して音楽にできればな、と思う。そのためには自分の芯の部分を強くしないとダメ。ひとりで、生の歌声で、ギターも生の音で、これが私なんだっていうの強く確立していきたい。ほんとの裸の自分をみんなに認めてもらえるように」 憧れのアーティストや目標とする歌手を尋ねても、とうとう具体名は出てこなかった。それもしっかりとした「沖ちづるの芯」を早く確立したいという思いゆえだろう。誰かに近づくよりも、自分自身でありたい。そんな彼女は「年をとっても人の心を動かし続けるような、そんな存在になりたい」ということだ。 沖ちづる19歳。その未来を見届けたい。 2015年4月4日 小野島 大 [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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