“わたしのこえ”インタビュー “わたしのこえ”を“みんなのうた”に 成長するシンガーソングライターの、19歳を切り取ったライブ作品 2014年から本格的に音楽活動をスタートした沖ちづる。2015年2月のシングル「光」、同年6月のミニアルバム「景色」に続く初のフルアルバム「わたしのこえ」は、今年5月10日の北沢タウンホール公演を収録したライブ音源である。また9月19日には、同公演を収録した初の映像作品「わたしのこえ」も発売となる。 この一年は、自分の声と自分のギターで自分の射程距離をひたむきに歌い続けてきた沖ちづる。5月10日に行われたライブを収録したこの2作品は、彼女の現在位置を、そのステージの空気感とともに収録しようという試みである。“わたしのこえ”を “みんなのうた”に。19歳のシンガーソングライターの現在位置と葛藤に迫る。 「演出で大きなことをしていなくても、 その歌が持っている力で動いていくものがある」 ――1stアルバムをライブ音源にしようというアイデアには、最初はどんな印象を持ちましたか? 「活動をスタートしたばかりの今の自分、19歳の私が初めてのアルバムで記録されるっていうのは面白いな、とすぐに思いましたね。スタジオ録音でできるような音で重ねていくこと、足し算していくようなことがライブアルバムとなるとできないじゃないですか。そういうプラスの要素がない私が記録されるっていうことに対して、怖さよりは、面白く感じるほうが勝っていましたね」 ――当然ですが、普段のライブとは少し違った心境になりますよね。 「ライブは本当に生なので、その場でお客さんに聴いてもらったもの、記憶してもらったものは、そこにいなかったお客さんには共有してもらうことはできないじゃないですか。でもCDは、その場にいなかった方がライブの臨場感を味わいながら聴く、そういう作品だと思いますので、生で聴くことが出来なかった方にいかに生っぽく聴かせるか、そこは考えて制作を進めました。今回はその後の編集作業もあったので『こういうライブだったんだ』とか、『空気感がダイレクトに伝わってくるものがあるな』とか、いつも以上に感じたのはありますね。他のライブよりは残っているイメージが色濃いというか。どういう絵を映像に残すべきか、などスタッフの方と一緒に悩みながら作ったこともあり、何回も見直したので」 ――録音が決まっていたライブですが、ステージには平常心で挑めましたか? 「実は、このライブの4週間ぐらい前に喉を痛めてしまって……、声が出ない状態が一週間ぐらい続いたんですよ。キャンセルしてしまったライブもあったし、このライブの一週間前に大阪で時間が短いライブをしたんですが、駄目だったら5月10日のライブをキャンセルするような話もあって。だから収録することに対する緊張というよりは、自分に戻ってきた声というのを自分でも最大限に味わいたい、自分の声でその日を楽しみたいという気持ちが強かったんです。歌うっていうことがより大切なことに感じられるというか、いつも以上に貴重なものだという感覚になっていました」 ――結果的に、記録として残すのには適したタイミングになったんですね。 「あのタイミングだったからこそいいライブにもなったし、自分のなかの心持ちとして素直に歌を楽しむんだというスタンス、気持ちが作れたと思います。別に狙って自然体を意識してやったわけではなかったので、喉を痛めて、歌を歌うことの貴重さを感じてのライブが、たまたま録音されたみたいな感じです。だから自分自身にとっても、よりいい作品に感じているのは確かですね。もちろん、声が全く出なかったときは本当に不安でしたけど……、『黙っているしかないね』とお医者さんに言われてたので(笑)」 ――出来上がったものを聴いて、ご自身ではどんな感想を持ちましたか? 「やっぱり面白いなというか。もちろんレコーディングスタジオで録る音源もいいんですけど、それとはまた全然違う場所にあるというか。修正が効かないものなので、自分で綺麗に絵を書いてパッケージングしてというよりは、そのままの自分。“わたし”っていう部分が、より濃く出ているっていうか。レコーディングでは出ない自分の芯みたいなものが、ライブ音源、映像ということでより出ているんじゃないかなと思います」 ――自分の芯みたいな部分について、もう少し詳しく聞かせてもらえますか? 「5月10日のライブは、照明とかもすごくシンプルな感じで、大きな展開とかではなくゆったりとした演出の仕方でした。セットも椅子とギターがあるだけですごくシンプルだったんですけど、だからこそ、歌の変化みたいなものが見えやすいというか。演出で大きなことをしていなくても、その歌が持っている力で動いていくものがあるんだなというのは、音源や映像を見ても感じてもらえると思います。その日は歌を歌うっていうことにすべて委ねていたからこそ、音源や映像で振り返った時に歌が強く見えるというか。歌が持つものが、その場の空気を動かしてくれていることを感じられやすくなっていると思います」 ――会場の空気感みたいなものは、実際に感じ取りながら演奏していたんですか? 「けっこうビビリなので(笑)。ライブの空気感はわりと感じる方なので、その場の雰囲気で歌は変わってきますね。単純にのどかな高原のなかだったら声が広がっていくように歌えるし、逆に緊張感のあるライブハウスでは出方が違いますよね。場所や心境によって詩も強く歌う部分は違ったりしますので、そういうものを聴き手の方が感じてくれているなら嬉しいですね。レコーディングは自分が試行錯誤した結果が見せられるので、委ねるというよりは、自分で行く先を狙いながら考えて作ることの方が多いので。それとは違うなと思います」 ――本作は、2部構成だったライブから選曲した内容となっていますが、どんなポイントで選曲を行いましたか? 「5月10日には居なかった人、それ以降に私を知ってくれる人にも届けたい作品というのもあったので、伝わりやすさというか、聴きやすさというか、こういう空気感を持っているアーティストなんだと、伝わるような流れにしたいなと思いました。今の私の武器や強い部分って、ライブで出す空気感だと思っているんですよ。特に声の張り方なんかが、始めから終わりまでで変化していく様は、絶対にライブアルバムじゃないと出ないと思うんですよね。その時々の感情で、声だったりギターだったりが変化していく。そこから感じる空気感みたいなもの、今の自分の強みと感じている部分を収めるには、今回選んだ楽曲だったと思います」 ――ひとりでのパフォーマンスや選ばれた楽曲も含めて、これまでの活動の区切りのように感じました。 「偶然なのか、必然なのかはわからないですけど、節目を感じるライブにはなったと思います。5月10日が終わってから、一本一本のライブの向き合い方が変わったなというのは、自分でもすごく感じてて。これからどうやっていくべきなのかということを、ライブが終わってすごく考えました。これからの自分というものが見えるきっかけになったので、それが音と映像になったのは嬉しいことですね」 「自分という存在を感じるだけでなく、 自分とその人の歌なんだと感じられる曲を書きたい」 ――先ほどをうかがった“これからの自分”というところを、もう少し具体的に聞かせてもらえますか? 「自分の音楽をより多くの人に届けたいと、強く思ったんですよ。当日は満席ではなかったですし、いいライブができたと思えたからこそ、より多くの人に届けないといけないと感じたというか。どうやったら自分の歌でもっと多くの人に感動してもらえるんだろう、共感してもらえるんだろうというのを、より考えるようになったきっかけですね」 ――今までは“歌いたい”という、自己欲求的な部分のほうがより強かったんですか? 「こんなにもお客さんにも見てほしかったんだ、と自分でも思いました(笑)。もちろん今までもいいライブをしたいというのはあったんですけど、自分でいっぱいいっぱいだったというか。ライブをこなす、歌を歌うことでいっぱいいっぱい。頑張っても目の前にいるお客さんに伝えるだけで精いっぱいでした。5月10日のライブを終えてからは、目の前にいない人たちに届けるためには、どうしたらいいんだろうということを、すごく思うようになりましたね。自分はこういういい歌を歌えるのに、なぜもっと多くの人に聴かせることができないだろう、と思えたというか。文字にするとすごく自信家な発言だと思うんですけど(笑)。でも自分に期待できるようになったからこそ、同時に悔しさもありますよね。今まではあまり自分に自信がなくて、それは歌だけじゃなくて、自分の人間性とか、見た目とか、全部なんですけど。そういうところが変わりつつあることも、自分では感じています。私はこうなりたいとか、そういう感情が生まれました」 ――5月10日のステージは、精神的な部分でもターニングポイントだったんですね。 「届けたいという思いが、本当に強くなりました。一人ひとりに自分の曲を伝えるというよりも、その人の心に入り込むぐらいの気持ち。目の前の人、目の前にいない人に対して、自分という存在を感じるだけでなく、自分とその人の歌なんだと感じられる曲を書きたいと思うようになったし、意識が外に向かっていっていることを自分でも感じます。これから作っていく新曲に対しても、自分の中だけに収める作品じゃないものを書きたいというのはあります。だからこそ、曲に対しての欲も強くなっていくというか」 ――自分の楽曲を届けていくことに対してのもどかしさは、5月10日のライブでも披露した「下北沢」のミュージック・ビデオでも表現されていますよね。 「ライブハウスに毎日のようにいた頃を、思い出しながら演じました。すごくリアルです(笑)。一緒に出演してくれた役者さんもほぼ初対面だったので、私が普段、ライブハウスの店員に対して感じている気まずさに近かったというか。そんなに仲良くないけどけっこうしゃべるみたいな感じの、あまり踏み込みすぎない距離感(笑)。PVには一瞬だけ2人で歌う、融け合うシーンがあるんですけど、そこからスタートしていくようなメッセージもあって。『下北沢』はその第一地点というか、外に打ち出したいっていう感情の変化に対する、スタート地点のような曲なのかなと思います」 ――ライブでは最後に披露されているのも象徴的ですね。 「実はこの楽曲は5月10日のライブで初めてやったのかな……、ライブの直前にできた曲ですね。新曲なのにいきなり最後の曲として披露したんですけど、それでもわかってもらえるんじゃないかなと思って。みんなが感じるような街への思い、好き嫌いじゃない愛着みたいなものってあると思うんですけど、ライブに来てくれた人はもちろんだし、来てくれていない人もそれは感じてもらえるんじゃないかと思いました」 ――沖さんは、歌だけでなく絵もよく描かれてきたということですが、もともとそれを人に見てもらいたいという欲求はそれほど強くなかったんですか? 「根底には見てほしいというのがあったと思うんですけど、恥ずかしさもあってそれがうまく出せなかったというか。特に小さい頃は、目立ちたいんだけど恥ずかしいというタイプだったんですよ。学芸会で本当は主演をやりたいけど、恥ずかしいから次の次ぐらいに目立つ役を選んだりとか(笑)。でも絵や音楽に出会えてからは、少しづつ自信が付いて変わっていきました。シャイで出せなかった部分を出していくんだっていうのは、意識としてありますね」 ――5月10日のライブもそうでしたが、沖さんは一人でステージに立つことも多いので、そうした心境の変化は歌声やパフォーマンスに色濃く出ますよね。 「この日は、サポートもなく自分の声だけで勝負した日だったので、特に強いですよね。今は自信がついたこともあって、ひとりでやることが本当に好きになりました。私がソロで始めた入り口は、バンドでのやりづらさみたいなところが強かったんですよ。だからもともと自信の無いところからスタートしたんですけど、バンドのほうが演奏のボリュームが出るし曲がいいものになるんじゃないか、というイメージが最初はやっぱりあったんですよ。でも、今年から本格的にひとりでやるようになって、自分の空間をちゃんと作れれば、ひとりでもいいものができるんだという自信がつきました。ギターを持って歌うという一つのやり方で試行錯誤しながら、自分の軸っていうものを作ってきて、『わたしのこえ』が生まれたと思います。その時に生まれた、確立したものをよりどうやって面白くしていけるかというのを、今後もやっていきたいと思いますし、ひとりでやることに対する自信、自負みたいなものは、5月10日に生まれたものだと思います」 ――本格的な活動をスタートしてまだ一年ほどですが、音楽を作り出す動機が大きく変化してきていますね。 「もちろん恥ずかしいのは恥ずかしいんですけど、そこを見せるのが音楽だということをすごく感じてきて。吹っ切れたのもあるかもしれません。自分が隠しておきたかったものに対する執着というか、守ろうとしていたものがなくってきたのはすごくありますね。傷つくことが怖くなくなってきたし、ここで止まっていても、自分が目指すものは違うところにある。音楽を通して大きな場所に出たいんだということは、強く感じていて。それって、確かに一年前の私は思ってもいなかったことなんですよ。でも今自分を取り巻いている環境とか、疑問みたいなものに対して、歌で訴えかけることができる立場にあるというのはすごいことだと思うし、そういう立場にいる人間なんだということもすごく意識するようになって。そこを目指したいと思うからこそ、シャイな部分とかはなくなってきたというか。やりたいことが見えてきたのは、大きいかもしれませんね」 ――これから作っていく楽曲は、その変化が現れたものになりそうですね。 「今までよりも録音するまでに粘るようになってきて、詞ひとつでも、できるまでに苦しんでますね。今までにないことを音楽に対して思うようになっているので、そこをうまく作品に落とし込みたいんですよね。どんなアーティストでもそうだと思うんですけど、今の私が持っているものがすべて、もうこれだけしかないと自分で思ってしまったり、周りに思われるのは虚しいことだと思うんですよね。まだ私のことを知らない人も含めて、今の沖ちづるはこうなんだっていうのを、常に知ってほしいのはあるし、そういうことが表現できる楽曲を作っていきたと思います。『わたしのこえ』で、沖ちづる本人が持っている空気感とか軸みたいなものを見せれたからこそ、より強く思うようなってきたことですね」 文◎阿部慎一郎(ぴあ) 撮影◎SUSIE [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. 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