2018年3月19日 Zher the ZOO YOYOGI THE SOFT PARADE 「負けました」と歌う沖ちづるの今 2018年3月19日、ニューシングル「負けました」のリリースを目前に控えた沖ちづるが、女性シンガーが集ったイベント『THE SOFT PARADE』に登場。トリを務めた。 胸元が鋭角的に開いたアーミー風のセーラー服をまとった沖ちづるがステージに現れる。息を飲むような緊張感と静寂が会場を包む。そっとアコースティクギターを取り、歌い始める。 オープニングナンバーは「僕は今」。自分を育てるために夢を捨てた父、夢がないと嘆く友人の人生模様を引き受けながら、夢見ることの痛みと覚悟を表明した歌だ。「変わりたい」と「変わらない」という現実の狭間で「このままじゃいやなんだ」という心情が綴られる。沖ちづるは、言葉の一つひとつをしっかりと噛みしめるように、歌いかける。 もともと場の空気を瞬間で変える声が持ち味だったが、ここ最近の歌唱はさらにすごみを増してきた。以前、弾き語りとひとり芝居を融合させた『歌語り』に挑戦した成果なのか、「歌で物語を語る」「歌にある物語を演じる」という表現者の才がさらに磨かれてきたようだ。 2曲目は中学時代に亡くなった同級生に「調子はどうだい。僕らはもう大人になったよ」と語りかける「クラスメイト」。淡々とした明るいメロディーに乗せて、優しい目線が注がれる。この歌にもあるように、沖ちづるは心にチクリと傷を残した過去の出来事を、優しさと諦めのこもった独特の距離感で描くのがうまい。過去も今もまぼろしのようであり、しかし、確かな事実として存在する。そんなゆらぎのなかで、誰もが心い抱くチクリとする情感を蘇らせる。 次に歌われた「二十歳のあなた」も然り。この歌は、うまくいかない毎日を人のせいにしては自己嫌悪にまみれていた十三歳の沖ちづるが、二十歳の自分に「夢は覚えていますか」「優しい大人になっていますか」と綴った手紙をモチーフにしたもの。あるテレビ番組で歌ったところ、十代半ばの視聴者から「私の歌だ」という反応が寄せられたという。 女子校時代の騒々しい日々と、そこに馴染めない自分をややコミカルに、そしてシニカルに描いた「まいにち女の子」を挟み、シングル「負けました」のカップリング曲「夏の嵐」に。いつの時代も少年少女は台風の到来に胸を高鳴らせる。「ここではないどこか」の風景がやってくるとばかりに。そして夏は少年少女が新しい扉を開ける季節でもある。そんな夏の魔法の香りを鮮やかに伝える「夏の嵐」は、あの夏の「君のような誰か」に会いにいきたくなる気持ちをザワザワと掻き立てる。 続いて「下北沢駅の南口が再開発でなくなるって聞いて、ちょっとショックで……」とMCで話した後に「下北沢」が歌われる。下北沢は高校を卒業して本格的に弾き語りを始めた沖ちづるが「何故だか毎日」のように訪れ、頻繁にライブを行っていた街だ。ここでは下北沢の喧騒が群像的として描かれる。沖ちづるはその街にいる当事者でありながら、どこか傍観者のような視線で見つめる。愛着はあるが、手放しで街の住人になるつもりはない。そんな居心地のよさと悪さが同居している街の歌だ。過去の出来事にしても、自分が立つ場所にしても、沖ちづるの立ち位置は独特。それは薄い皮一枚で、周囲と隔てられている。それが「クラスメイト」にも如実な優しさや諦めにつながっている気がする。 ステージはラストナンバー「負けました」に。冒頭から「今日の僕は負けました」というフレーズにドキリとさせられる。誰かが負け、誰かが泣き、期待に応えられずに誤り、優しい声を聞き、ひとりじゃないと知り、勝てぬ悔しさが増していく……、そんな心情が淡々と繰り返される。そして、負けを受け入れた主人公は最後に「また立ち上がり行くのでしょう」「また笑う日を目指すでしょう」と宣言する。 文字面だけを見ると重いように思えるが、「負けました」にはあっけらかんとした空気も流れている。今日負けたなら、明日また戦えばいい。負けたのならしょうがないという諦めのよさの裏側には、それでもやめない性懲りもないファイティングスピリットが潜んでいる。ここからは諦めが悪い……、というよりも夢を追う人生を覚悟した沖ちづるのタフな心が伺える。「負けました」は、見晴らしの悪い時代にもがく者にそっと寄り添い、鼓舞する「みんなの歌」になるだろう。 この夜のアンコールは、同イベントに出演した高井息吹も登場。髙井のピアノを伴奏に「街のあかり(春)」を歌った後、2人で荒井由実の「卒業写真」をデュエットして締められた。 これまでの沖ちづるには、人からおかしいと言われても歌ってもいいんだと自分を認めた「光」、歌い続ける(夢を追い続ける)決意を歌った「景色」「旅立ち」、過去の自分と見つめあった「二十歳のあなたへ」などターニングポイントとなる歌があった。「負けました」は新たなキーナンバーになりそうだ。これから沖ちづるに訪れる変化を楽しみに追いたい。 文=山本貴政 撮影=YOSHIHITO_SASAKI ■セットリスト 2018年3月19日 Zher the ZOO YOYOGI THE SOFT PARADE 01.僕は今 02.クラスメイト 03.二十歳のあなたへ 04.まいにち女の子 05.夏の嵐 06.下北沢 07.負けました EC1.街の灯かり(春) EC2.卒業写真(荒井由実カバー) [SPECIALページに戻る] [むこうみずレコード TOPページに戻る] Copyright (C) MOVING ON,INC. All Rights Reserved.
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