10年以上ぶりにライブを行うある邦楽ミュージシャンのライブスケジュールを、チケット発売日以前から手帳に書き込んでいて、ことあるごとに気にはしていたものの、すっかり忘れていたのだが、。
開演時間の2時間前に、ファンサイトの掲示板での、既に終了した他地区のコンサートの感想などを見ていたところ俄然見たくなり、当日券が出るらしいことを確認するや、開演10分前にその会場に到着したのだった。
当日券売り場らしい所に行列ができているので並んでいたが、なかなか列が進まず、よく見てみると、どうやらそこは招待券の引き換え窓口のようで、隣の当日券売り場らしい窓口は既にしまっていて、どうやらチケットは売り切れの様子だ。
しばらくダフ屋などを探してみるも、残念ながらそれらしき姿もなく、無念さの中会場を後にした。
「本日のコンサートは演出の都合上、1曲目の途中からは入場できません」とせきたてるイベントスタッフのマイクによる連呼から逃れるかのように、、。
果たして私にショーケンを見れる次の機会はあるのだろうか、。
(M)
先日、Nヤングの武道館ライブに行ってきました。新作「グリーンデイル」を全曲エレキセットで演奏する1部と、ヒット曲系の2部という構成のライブでした。
幸運なことに同内容の弾き語りツアーを見ていたこともあり、比較しながらのライブとなりました。
大きな違いはエレキセットとアコギ弾き語りセットというだけではなく、今回は、総勢30名近いキャストによって、アルバムの世界が演じられていたことです。
演奏に合わせて、役者(?)が、同時進行でその物語を演じるという趣向です。
その是非はともかく、個人的には弾き語りの方が違和感なく、グリーンデイルの世界に浸ることができたかな、という印象です。
やや気恥ずかしい演技と、演奏のシンクロの微妙なマッチングでしょうか、。
とはいえ、1部の最後の、日本人のダンサーも交えてのフィナーレを見ながら、こういうアイデアを実行してしまうのが、永遠の青春の巨匠、Nヤングそのものだな、と深く納得しました。
こういうことを真面目に実行してしまう人は、彼以外にPタウンゼントくらいかな、などと。
(M)
山手線に乗ったら扉のそばに若い女性が一人立っていた、。
最近良く見るタイプの子犬を、バッグに入れて持ち歩いている様子なのがすぐ分かった。
その犬の顔を見ようと、なにげに視線を彼女のバッグを抱えている
手のあたりに落とすと、なんとその手には大きなカギ十字のマークが、。
いわゆる自分でナイフを使って引っかきながら彫ったと思われるミミズばれのような傷。
マニックスの失踪したメンバーが自分の腕に4REALと彫ったのは有名な話だが、彼女もパンクスなのだろうか?
彼女がどんな意味をこめてその模様を記したのかはわからないが、かわいらしい犬とはおよそつりあわないカギ十字のマークだった。
(M)
アメリカのあるシンガーソングライターが、ナイフで自分の胸を刺して、、というショッキングなニュースを知る。
ライブを一度だけ見たことがあるのだが、弾き語りで30分ほど演奏すると、後は客からのリクエスト曲をシャイな感じで演奏していた。
REC音源が素晴らし過ぎたのと、スタンディングで弾き語りを見たので、聴く側の意識が演奏に集中できず、取り立てて凄いものを見たという印象は残っていない。
彼は新作のRECを行っている途中だったらしい。
そのニュースの後、現時点では彼の遺作となってしまったアルバムを毎日聴いているが、この作品の次を作るのは本当に大変だったのだな、と思うくらいの美しい作品となっている。
収録された曲はどれも素晴らしいが、15曲目の圧倒的な旋律の後に流れる、「Bye」というタイトルのアルバム最後収録のインスト曲が、偶然とはいえ何かを暗示するかのような穏やかさ、静けさを感じさせるのだ。
(M)
この夏、1回だけライブを見た非常に年齢の若いバンドが、最近、活動休止を発表したと、知り合いが教えてくれた。
メンバーとも話したことはないし、本当に1回だけライブを見ただけの世間的には無名のバンドなのだが、そのライブから全国ツアーをまわるようなMCを言っていたのが妙に心に残っていた。
来年はより大きなステージで演奏するのではないか、と思わせる原石のような輝きがヴォーカリストには特に感じられた。
メンバーのオフィシャルサイトには、休止にいたる理由等が非常に真摯なコメントでUPされていたが、
その文中の「〜バンド内外の様々な要因が重なってバンドの状態がとても不安定になって〜」という部分を見た時は正直辛いものがあった。
彼等のライブのオープニングSEはストーンズの「フール・トゥ・クライ」で、若さに似合わない渋い選曲だな、と思ったことを思い出した。
邦題は「愚か者の涙」、、。(M)
10月4日、NYのシェア・スタジアムで、アンコールにステージに出てきたブルース・スプリングスティーンが言った。
「良き友人でもあり、俺達全員のインスピレーションになった人物。ボブ・ディランが今夜ここに来てくれているんだ」
微笑みながらブルースに話しかけるボブは、実にうれしそうだ。バンドは、ゆっくりと「Highway 61」の演奏をはじめた。ニルスが、曲の間中ずっと、最高のスライド・ギターをプレイし、そして、それに合ったすばらしいロードハウス的サウンドの音が展開された。ブルースがディランを敬うようにステージ後方へ下がると、「Highway61」全体をディラン自身が奏でた。ブルースは堂々たる息子として、その様子を傍観し一挙手一投足、一秒も逃さずに楽しんでいた。ブルースは、最後のコーラスでヴォーカルに加わっただけであった。ニルスは、曲そのものを包み込むような本当に素晴らしいスライド・ソロを聴かせ、最後までそのスピード感を失うことはなかった。
ステージを離れた位置にボブと共に歩み寄ったブルースが言った。
「今夜、俺達は彼の存在なしでここに立つことは出来なかった」。
ブルースは次のような趣旨のコメントも述べた。
「我が国の歴史の中で、まるで放たれた銃弾にひとり立ちはだかるかのように、ある特定の時代に曲を作ったのが、ボブ・ディランのしたことだ。成長期に自分の部屋で聴いた彼の曲が俺にパワーを与え、そして生まれ育った街以外の世界を見せてくれたことを、俺は今でもはっきりと覚えている。有能な人物が歴史を作るものなのか、歴史が有能な人物を作るものなのか俺には分からないが、ボブはその有能な人物のひとりでありことに変わりはない。今も、そしてこれからもずっとだ。今日このステージを一緒に飾ってくれて、そして俺たちのインスピレーションであり続けていてくれて、ありがとう。俺はこの曲を書いた時、ボブの足跡を辿ろうとしていたんだ……」
これに続けてブルースは、パブリック・サービス・アナウンスメントをした。
「多様に相違する種の政治的信念を持った人達が、俺のショーに集まってくる。それは俺にとっては嬉しいことだ。俺達は全ての人を歓迎するよ。最近、我が国の政府の率直性について多くの疑問が挙げられている。これまで、このように真理をもてあそぶことは共和党行政と民主党行政、両者の一部であった。それは、人の命が現実に危ぶまれている事態においては間違いであり、誤り以外の何物でもない。イラクでの戦争が誤って導かれたものだったかどうかという問題は、自由主義的問題でも、保守主義的問題でも、共和主義的問題でも、ましてや民主主義的問題でもない。これはアメリカの問題だ。俺たちの息子や娘に死んでくれと頼まなければならないような過った民主主義を防ぐことが俺達ひとりひとりの責任であり、政治は我々の信頼感の上に成り立つことが大事だ。俺達は国民の仕事として、我が国のリーダー達に責任感を持つように常に要求しなければならない。それこそが、アメリカ的やり方だ」
そしてブルースは「Land Of Hope And Dreams」の演奏をはじめた。
とても素敵な原稿を見つけたので紹介してみました。
本文を書いたアメリカ人記者のキャプション原稿の1部を略していますが、大意が変ることはないはずです。(M)
最近驚いたのが、大学時代の友人から届けられた1枚のMD。中身は18年前に京都の体育館で見た、とあるコンサートの隠し録り。
外タレが京都でライブをするのは珍しい頃にアメリカからやってきた
ビッグネーム。チケットも今のようにネットとかで取るのではなく、近所の公衆電話から必死にかけまくってゲット。
音の方は、録音型ウォークマンでの隠し撮りで、コンサートの後半半分のみ。
音質は良いとは言えないが、圧倒的な臨場感で、録音者である
友人の声まで入っている。
最近のコンサートで、あれほど観客が歌い、騒ぎ、手拍子するものがあるだろうかという熱気。
そのコンサートは、いくつかの印象的な断片しか記憶していなかったので、そのMDを聴いた時は本当に驚いた。
18年前のあの小屋の雰囲気が鮮明によみがえったのだった。
(M)
ルーリードを新宿厚生年金会館に見に行ってきました。
過去2度見たことがあるのですが、今回は、VUからソロまでのオールタイムべスト2枚組CDリリースのタイミングでのワールドツアーです。
メンバー構成もいわゆるドラマーを抜いた編成なので、逆にそれが彼の楽曲、ギター、声の良さを浮かび上がらせていました。
古くからの楽曲から新しいアルバムまでまんべんなく演奏しながら、やはりなにより自分が一番楽しんでいる様子でした。
最新アルバムから、詩の朗読風に楽曲を演奏する時の凄みは、彼がまだまだ表現者として、この先何枚も刺激的な作品を作るであろうことを予感させました。
個人的には、本編での「ベルリン」からの3曲と、アンコールでの「キャンディセッズ」にはやられました。
特に「キャンディセッズ」は、本人ではなくアンソニーという凄いオーラの(見た人には伝わるはず)美声の男性バックヴォーカルがメインをとったのですが、本当に絶品でした。世の中、凄い才能の人がまだまだ埋もれているな、と。(M)
外出先から戻り、買ったばかりのドアーズのブートをかけながらを
つけたら、闘将の胴上げシーンに遭遇。
彼がブルーのユニホームを来ていた時の胴上げは生で見たなぁとか、
そのチームの18年前の胴上げの時は、梅田のロック喫茶でバイトしてたなぁとか、
物思いにふけりつつも、闘将のインタビューを見届けると、TVを消して再びドアーズの世界に戻ったのだった。
(M)
最近はライブハウスに行く回数が増えてます。
行くときは週3回くらい行ったりします。自社の興行系ではなく、新たな才能と出会うためのライブ通いと言う感じでしょうか。
そこでやたら目に付くのが、とある全国ライブハウス情報フリーペパー系の店内TV放送がやたら普及していることです。
おそらく、ヴィジョンの設置等の費用は小屋ではなく、フリーペーパー系が負担しつつ、その代わりお店が毎ライブの開場、転換時にそこで番組映像(○○TV みたいな)を流すシステムのようです。
映像はメジャーからインディまでのさまざまなミュージシャンのライブやPV、インタビュー等がVJの紹介でOAされます。合間にその店のライブスケジュール流れるのがミソです。
もろもろの制作費や運営費等のコストはその番組にCMを打つメーカーの広告収入でまかなうのでしょう、。
皆幸せな感じもしますが、、。
関東近郊で多くなってきたということは、全国的にも設置され始めたのだと思いますが、どこのライブハウスでも同じ番組がかかってるのは異様な感じがします。
映像だけ流して、音は店やバンド独自のものを流している店が多いようなのがまだ救いかと。
ライブハウスには、その店独自のブッキング姿勢があると思いますし、それと同様にその店の店内に入った時の、その店独自の雰囲気が、しっかりとあってほしいなぁ、と思います。
東京でもっとも有名な老舗のライブハウスにもそれが設置されていたのには少しビックリしました。
(M)
先日、実家に行く機会があり、その流れで、子供の頃にたまに食べに出かけてた「街の中華料理屋」をたずねた。
実家の近所の商店街も、どんどん様変わりしていてるのはさびしい限りだが、その店は外見も含めいまだに現役だった。
最初に連れて行かれたのが中学生くらいの時なので、かれこれ28年の月日がたっている。
そのころは200円くらいでラーメンが食えた気がするが、決まって「もやしそば」を頼んでいるガキだったと思う。
今から考えても、とりたててうまいわけではない
普通のあんかけ風のもやしそばだ。
調理場でなべを振る大将の赤らんだ顔と、接客をする若い店員(おそらく息子)の2人による寡黙な切り盛りが強く記憶に残っている。
本当に久しぶりにたずねたその店は、夕方ということもあり、地元の一人暮らしと思われる歳をとった男性や女性で席が埋まっていた、。
注文を聞きに来る店員は、当時の面影を残すあの男性で、こちらは当然のごとく定番の品を頼んだ。
しばし待つ間に店内を見渡すが、時が止まったかのように変わりのない空間だった。
くしゃくしゃのスポーツ新聞に漫画本、調理場から聞こえるAMラジオ、。
やがて出てきた品の味はややしょっぱさが増したがあの味だった。
次の約束の時間が迫っていたので、余韻に浸る時間もなく、あわただしく会計をすまそうとして立ち上がった時、厨房内で腰が思い切り曲がった男が料理を作っているのが見えた。
あの大将だった。
店を出てからも、中華鍋を振る腰の曲がった大将の姿を思い出しながら歩いていた。
「栄華」という名のその店からどんどん離れていき、近くの駅に着いた。駅の近くには行列のできる有名なラーメン店ができていた。(M)
先週末から調子が悪かった
パソコンが壊れた、というより壊した。
だましだまし使っていたのだが、。
ドクターTいわく「全データが消失してるかも、、。」
口では「あんなものは認めん」とか言いつつ、やはり不便だなぁ、と。
(M)